第2話 螺旋の巣 その三



 この世界でゆいいつ絶対の女神——


 しかし、それ以上のことを問い正しても、ルリムはいっさい答えなかった。

 ひたいに緊張からか汗が浮かんでいる。やはり、そうとうに恐れているようだ。


「わかった。とにかく、幽閉の塔へつれていってくれ」

「本気なの?」と、これには反応する。


「もちろんだ。大丈夫。精神力の問題なら、おれは絶対に死なない。青蘭をひとりぼっちになんてできないから」


 断言する龍郎を、ルリムはぼんやりした目で見つめてくる。そして、急に、ふふっと笑うと、龍郎の腕に自分の腕を組んできた。


「やっぱり、あなたのこと、ちょっと好きかも。奪ってみたいな」

「えッ? まだ諦めてなかったのか。おれには青蘭が……」

「上等じゃない。そういうの、燃える」


 不思議だ。

 ルリムは悪魔のはずなのに、妙に人間らしい。最初に会ったときの冴子は、ただの化身ではなく、彼女自身の性格を反映していたのだとわかる。


(もしかして、悪魔って、話せば意外と理解しあえるんじゃないか?)


 いや、もしかしたら、ここは魔界ではなく天界なのかもしれない。悪魔か天使か、それを仕分けたのは人間だ。人間の偏見や無知が、まちがった解釈をくわえているのかもしれない。天使や悪魔やクトゥルフの邪神は、本来は同じような宇宙的な存在にすぎないと、リエルたちとも話したところだ。


 ここが天界なら、天使がいることも不思議ではないし、天界も魔界のなかの一部と——つまり遠い宇宙のどこかの世界の一部だと考えれば納得がいく。


 じっさいに、ルリムの背中には翼がある。黒い翼だ。褐色の肌に南国風の顔立ちだが、その姿は天使と言えなくもない。


 そんなふうにも考えた。


 ルリムに腕をひかれ、龍郎は歩いていった。この世界での龍郎は、精神的な思いこみが能力の具現化に役立つと知ったせいか、視界が急激に明るくなっていた。見える、と思ったとたんに見えるようになったのだ。一種の超能力のようなものだ。


 おかげで、さっきより、ずいぶん速く走れる。柱のむこうがわも透かして見ることができるので、ふいうちで天使と衝突することがなくなった。


 やがて、洞窟のような場所を出た。

 すると、あたりは急に風景が一変する。まるで近未来SFだ。巨大なホールのような空間に、見あげるほどの塔と、塔をむすぶ鉄筋の廊下や階段が縦横無尽に張りめぐらされている。


「どれが、幽閉の塔?」


 龍郎たちが立っているのは、中央の塔のそばだ。今、その塔のなかから出てきたのである。塔の内部というより、ただの洞窟としか思えなかったが、ふりかえってみると、龍郎たちの背後に白銀のメタリックなハッチがある。手をかけても、ひらかない。こっち側からは開けられない仕組みなのかもしれない。


 見あげると、中央のその塔が周囲の塔とくらべても段違いに高いことがわかった。千メートルやそこらあるのではないだろうか? あまりにも巨大で、上部のほうはかすみがかかっている。


 その中央の塔のまわりに、いくつかの塔がある。まわりの塔は中央の塔の半分ほどの高さしかない。


 塔のまわりは固い岩壁にかこまれていた。地下都市だ。それも、ものすごく高度な文明の。


(これが、魔界? なんか想像してたのと違うなぁ……)


 龍郎はしばらく、その景色に圧倒された。


「ぼやッとしないで。幽閉の塔に行くんでしょ?」

「あっ、うん」


 ルリムは敵なのか味方なのか。

 龍郎を叱咤して、みずから先頭に立っていく。やはり、どうにも悪魔らしくない。


 中心の塔のまわりには四つの塔があった。ルリムはそのうちの一つに向かっていく。


 だが、この塔の周辺は都市の中枢部のようだ。あちこちにさっきの白服の天使がいる。小柄で、どれも体形が似ている。個体差がほとんど感じられないが、人数は多い。


 渡り廊下から龍郎たちを発見すると、あの鉄パイプみたいな武器を手に走ってくる。統率のとれたその動きは、まるで軍隊アリのようだ。


 塔と塔のあいだは百メートル近く離れている。白服の天使たちは、中央の塔のすぐ近くにはいなかった。少し離れた位置を遠巻きにしている。


 彼らはルリムのような翼がないから飛ぶことはできない。近づいてくるまでには、龍郎たちは幽閉の塔の目前まで迫っていた。


 これなら、ふりきれる。

 彼らもそう思ったのだろう。

 渡り廊下に一列にならび、鉄パイプをかまえた。先端を銃口のように、こっちに向けてくる。


 マズイ。前に撃たれたときより至近距離だ。レーザー光線を連射されれば、負傷はまぬがれない。


「早く! 急いで!」


 ルリムに指さされ、目の前に迫った塔のハッチにとびついた。さっき中央の塔のハッチは龍郎の手では開閉できなかった。しかし、そのハッチは龍郎が手をかけた瞬間、スッと横にひらいた。


 かけこむと、急に周囲のさわぎが遠くなる。ふりかえるとハッチが閉まっていくところだった。しだいに狭くなっていくそのすきまから、ルリムの歪んだ笑みが見える。


「えッ? ちょっと?」

「そこが幽閉の塔よ。よかったわね。好きな人といっしょになれて」

「ルリム!」


 ハッチが閉まりきる。

 叩いても、もはやビクとも動かない。

 ルリムに騙されたのだ。


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