第2話 螺旋の巣 その二



「バカ! つっ立ってないで、逃げるのよ!」

「あ、ああ」


 またもや、ルリムにひっぱられていく。白い集団に背をむけたとたん、龍郎のよこを、何やら光線が突きぬけた。すッと地面に吸われたが、レーザー光線のようだった。


 走りながらふりむくと、ルリムが天使と呼んだ集団の持つパイプのさきから、白い光線がビュンビュン、弾丸のように飛んでくる。


「なんだ? アレッ?」


 さっきと同じセリフをくりかえしてしまう。それほど、度肝をぬかれた。龍郎の知識のなかにある、どんな兵器にも似ていない。しいて言えば、SF映画に出てくるレーザー銃のようなものだろうか?


「いいから、逃げるのよ。ここで捕まったら、あんたもママに捧げられるわよ? いいの?」


 よくわからないが、とにかく必死に走った。


 あたりが固い岩盤の洞窟に変わっていて助かった。これなら、あのグニャグニャの床より走りやすい。


 洞窟の行く手が、しだいに細かく枝わかれしてくる。鍾乳石しょうにゅうせき石筍せきじゅんがつながって、柱になったようなものが無数にある柱廊のようになっていた。


 龍郎にはさっぱりわからないが、ルリムは頭のなかに地図があるらしい。穴だらけの柱廊をうまく利用して、天使の集団を回避した。


「まいたみたいね。しばらくは安心かな」

「ありがとう」


 龍郎が言うと、ルリムはギョッとしたような顔つきになる。


「な、なに言ってるのよ? あたしは、あんたの恋人をさらった憎い敵なんですけど?」

「そうだけど、今はおれのことを助けてくれた」


 ルリムは唇をかみ、ぷいっと顔をそらした。その仕草は、なんだか出会ったばかりのころの青蘭を思いださせる。


 だが、のんびりもしていられない。

 さっき、ルリムの放った言葉が、どうしても頭から離れない。それはとても重要な意味を持っている気がする。


「あんたもママに捧げられるって言ったよね? それって、青蘭を捧げた……って意味?」


 ルリムはひらきなおったように胸をそらす。豊満なバストか強調された。


「だから何? あいつは快楽の玉を持ってる。だから、必要なのよ」

「賢者の石は二つ集めると、一つになるんだってね。二つの玉が一つになったとき、何が起こるの? 君はそれを知ってるんだろ?」


 ルリムは黙りこんだ。


「答える気はないってことか。じゃあ、せめて、青蘭が今、どこにいるか教えてくれないか?」


 ルリムは思案しながら口をひらいた。

「彼は次の祭の贄として、幽閉の塔に入れられている」

「幽閉の塔? それは、どこにあるんだ?」

「行ってもムダよ。強い天使がいるからね。あんたじゃ太刀打ちできない」

「さっきから言ってるけど、天使って、神様の使いのこと?」


 ルリムは笑った。

「天使は戦闘員よ」


 そんなことも知らないの?——という口調だが、悪魔の世界のことを人間の龍郎が知らなくてもいたしかたないのではないだろうか。


 しかし、龍郎はそのとき、ルリムの言葉に、わけもなくゾワゾワと背筋の寒くなる感覚をおぼえた。


(天使は……戦闘員。なんだろう? それ、なんか、知ってる)


 そうだ。天使は天界の戦闘員だ。

 敵対する悪魔たちと戦うために生みだされた生命。生まれるときから戦いに明けくれることを定められている。


 胸の奥がざわつく。

 どこで、そんなことを知ったのだろうか?

 龍郎のなかにある苦痛の玉が教えてくれるのだろうか?


 いや、それとも、青蘭の過去を調べるために、以前、青蘭がいた診療所へ行ったときに、その地下で龍郎のなかに吸収された不思議な羽の持つ記憶だろうか? そう。あれは、天使の羽だった。


 でも、もしそうなら、アスモデウスが堕天させられた理由もわかる。天使が悪魔と恋に堕ちるなんて、それは種族に対する裏切り行為だ。決して許されることではない。


(いや、違う。アスモデウスが堕天したのは、賢者の石を天界から盗みだしたせいだ。悪魔と愛しあったからというのは、アンドロマリウスの言葉にすぎない。アンドロマリウスがアスモデウスを愛しているのは、ほんとうのように思えるが……)


 とにかく、今は青蘭を救いに行くことだと、龍郎は気持ちをきりかえた。


「幽閉の塔へつれていってくれ。青蘭を助けだす」

「そんなことできるわけないじゃない。聞いてた? 強い天使がいるのよ? いくら、あなたが霊体だからって、攻撃をくらうと、ほんとに死ぬわよ?」

「えッ? 霊体?」


 さっきから、ルリムの言うことが、いちいち龍郎に衝撃をもたらす。

 でも、そう言われると、なんとなく納得した。たしかに、青蘭のペンダントの発する変な光をあびて、気づけばここにいたけど、なんとなく夢のなかにいるような、自分の存在が不確かな感じは、ずっとしていた。


「そうか。おれ、霊体なのか。だから、真っ暗なはずなのに、君の顔が見えるんだな。ほかにも、もっと別の力も使えるのかな?」

「かもね。あなたはドリーマーね。ママの涙の魔力に呼びよせられてきたんだと思う。きっと、あなたたちのなかに、ママの涙を持っている人がいるのよ。ドリーマーは精神力をそのまま具現化できるから」

「ママの涙って?」

「これくらいの、赤い石。人間はザクロ石って呼ぶこともあるみたい」


 ルリムが片手で小さな丸を作る。

 ザクロ石——なのかどうかはわからないが、青蘭のあのペンダント。トップに赤い石がついていた。ちょっと目玉っぽいような濁りが中心にある変わった宝石だ。


 龍郎はさっきから気になっていたことを聞いてみた。


「ねえ、ルリム。ママって、誰?」


 ルリムは一瞬、沈黙した。

 その言葉を口に出すことが、ためらわれるようだ。ルリムのような悪魔でさえ、それは恐ろしい存在なのかもしれない。


 やがて、それをみずから払拭するように強い語調で言う。


「ママはママよ。この世界で、ゆいいつ絶対の女神」

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