第十話 架け橋

第10話 架け橋 その一



 四方の塔の屋上から、女王の塔へ伸びる光の橋。

 それは昨日まではないものだった。

 光の集合する女王の塔の屋上はハレーションを起こして、まともにながめることができない。


「あの橋を渡れば、重なった別の世界に行けるのか」

「真の世界へ到達するためには、七つの世界で女王を倒さなければならない。僕らはあの架け橋を渡って、すべての世界の女王を倒しに行く」

「ああ。でも、それにしても、すごい数の敵だなぁ」

「だって、これ以上、媒体を破壊されることは、さすがにヤツらにとってマズイでしょ。本気を出してきたんじゃないの」

「青蘭は手を出すな。ザコをやるのは、おれの仕事だ」

「うん」


 青蘭が悪魔を退治するためには、アンドロマリウスの力を借りなければならないが、こんな雑兵相手に、いちいち青蘭の肉体の一部を魔王に売り渡すことなどできない。


 龍郎が青蘭を守りたいと強く願うと、右手から、あの神剣が現れた。燃えるような青い刃に、龍郎の脈拍が共鳴する。


 天使の集団も龍郎たちに気づいたようだ。いっせいに駆けよってくる。小柄な白服の群集がウジャウジャと向かってくるさまは、なんだか死体に群れる蛆虫のようで気持ちが悪い。


「青蘭。離れるな」

「うん」


 青蘭を背中にかばい、龍郎も走った。

 白い集団と台座のあったあたりで、ぶつかりあう。

 剣でぐと、まるで雲海のなかに刃をつっこんだように、やわらかな手ごたえ。

 羽毛がとびちるように、みるみる天使の死骸が散乱した。


 戦闘天使たちもパイプの銃を撃ってくるが、それは龍郎の神剣が放つ霊気によって、ことごとく跳ねかえされた。


 しかし、それにしても、あとからあとから、続々と天使が押しかけてくる。彼らには、まったく死への恐怖などないかのようだ。


 儚く散る泡のような存在。

 それは巣を守ろうとする種の本能でしかないのだろう。

 ただ、それだけのために生き、それだけのために死んでいく。


 無我夢中で切りすてながら、むしょうに龍郎は悲しかった。

 もうやめてくれ、来ないでくれと願うが、彼らには撤退など最初からないらしい。


 雲海に周囲をとりかこまれて、一歩進むにも、かなりの時間がかかる。

 個体としての強さでなら、圧倒的に龍郎のほうが勝っているが、相手は物量作戦だ。一対一億の戦い。切っても切っても、キリがない。このままだと、いつかは龍郎の体力がつきる。


「龍郎さん。五の世界へ行こう。五の世界なら、まだ、こいつらが配備されてないはずだ」

「わかった」


 いったん、五の世界へ行って、そこから子どもたちの塔へ行ったほうが容易だとふんだ。


 泡風呂に沈みこんでいくような実りのない消耗戦をくりかえしながら、ようやく、屋上の角にまでたどりついた。

 そこから架け橋が伸びている。


 物質的な橋でないことは見ただけでわかる。薄い透明な膜のようなものが光を発しながら揺れている。

 次元を超えて、異空間と異空間をつなぐ特殊な橋なのだ。


 一瞬、龍郎はためらった。

 ほんとに、この橋を渡ることができるのかどうか自信がなかった。ふつうに歩こうとしても、ふみぬいてしまいそうだ。


 だが、躊躇しているうちに、戦闘天使の群れが屋上の端まで押しよせていた。

 神剣でふりはらっても次々、寄り集まってきて、龍郎と青蘭をとりかこんだ。じわじわと床の端まで追いつめられる。


 もう、あとがない。

 龍郎のかかとは床からはみだしていた。これ以上はもたない。ほんの一センチでも外に押しだされたら、足をふみはずしてしまう。


(くそッ。行くしかないのか!)


 覚悟を決めて、架け橋に足を置いた。何かをふみしめている感触はなかった。だが、足は浮いている。支えられている感じはないが、たしかに、そこに“橋”はある。


「行こう! 青蘭」

「うん」


 思いきって、架け橋の上を走りだした。あの感覚に似ていた。空間がゴムのように伸びていく。異次元に迷いこむときの酩酊感だ。


 女王の塔のちょうど上空に光の球が浮いている。よく見ると、その中心には宇宙が広がっていた。たくさんの星雲や銀河が、暗い無限の空間に輝いている。


 龍郎は青蘭と手をとりあって、光のなかへとびこんだ。


 次の瞬間、さっきのクニャクニャしたコンニャクのような架け橋の上に戻っていた。


「あれ? 変だな。次元の門をくぐれなかったのかな?」


 思わずつぶやくと、青蘭が背後を指さした。

「龍郎さん。ここがもう五の世界なんだ。見て。門のむこう。天使たちが」


 ふりかえると、光の球のなかで揺れる宇宙の景色の彼方で、こっちを覗いている大勢の天使たちがいる。彼らには門をくぐることができないようだ。そこから進むことができないで、うろたえている。


「螺旋の巣の住人には、この門はくぐれないのか」

「たぶん、僕らは螺旋の巣の条理から外れた存在だから、自由に行き来できるんじゃないかな」

「そうだな」


 五の世界は静かだ。

 厳戒態勢の戦闘天使も集まっていない。でも、確実に龍郎の残した傷跡が刻まれている。王女の塔と賢者の塔の屋上のドームが崩れていた。


「よし。子どもたちの塔へ行こう」


 巣の住人たちが寝静まっているうちに、ことをなしとげてしまわなければ。


 架け橋の途中で、もともとの構造の鉄橋にとびうつった。そこから賢者の塔のとなりに位置する子どもたちの塔へ移動していく。


 だが、そのときだ。

 獣のような咆哮が、しじまをやぶった。何者かの狂気を帯びた雄叫びが、巣をゆるがす。

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