第12話 朽ちる 終章



「おかえり! 青蘭」

「おかえりなさい。青蘭さん!」


 ようやく、我が家に青蘭が帰ってきた。


 ザクロの木の下に埋まっていたとき、心拍が止まっていたから心配したが、今のところ、とくに後遺症や障害はないようだ。念のため病院に一日だけ検査入院したが、異常は見つからなかった。


 龍郎の運転する車から降りると、青蘭は周囲の森の匂いを心地よさそうに吸いこんだ。


「きれいな家ですね。僕、こういうの、わりと好きですよ。とりあえず、龍郎さんの前のワンルームのアパートよりはマシ」


 新しい家は、青蘭もすっかり気に入ったらしい。ご機嫌だ。


「ほら、ここが青蘭の部屋だよ」


 龍郎は掃除して飾りつけておいた部屋に、青蘭を通す。青蘭の着替えなども運んであるが、何よりも、部屋中にあふれんばかりの、ぬいぐるみ。もちろん、青蘭のお気に入りのユニコーンも置いてある。


 青蘭は目を輝かせて龍郎をかえりみた。


「いいだろ?」

「うん。でも、龍郎さんの部屋は?」

「おれの部屋は、ここだよ」


 言いながら、あいだの襖をあけはなつ。


 部屋の割りふりを清美と相談して、龍郎は書斎に近い、床の間のある六畳間、そのとなりの続き部屋を青蘭が使うことにした。あいだの襖さえ開けておけば、いつもいっしょにいられる。龍郎は持ちものが少ないから、布団も二人ぶん、ならべて敷くことができる。さすがに、ぬいぐるみだらけの部屋で愛しあうのは、ちょっと気がひける。


 清美は玄関に近い四畳半と、物置を挟んだ八畳間を寝室と大量の私物置き場に使う。


 そして、台所に近い奥側の広間を、みんなのリビングルームにしようということになった。


「まわりも静かだし、素敵ですね」

「そうだね。ここなら、ゆっくりすごせるよ」


 もっとも、しばらくはマスコミなどで、少しばかり近所がウルサイかもしれない。


 冬真たちの死体を発見したむねを、昨日、警察には通報した。近所に以前の友達の家があると知って、訪ねていったら一家の遺体を発見してしまった、と警察には告げてある。


 氏家家の家族が亡くなったのは、やはり数ヶ月前だった。なぜ、今まで誰にも見つからなかったのか、警察は首をかしげていた。まるで魔法で隠されていたかのようだと。


 もちろん、今回も龍郎が真相を警察に語ることはない。言っても信じてもらえないことはわかっている。

 世の中のふつうの人々は、龍郎や青蘭が経験するようなことは、この世に存在しないと信じている。


 とにかく、氏家家の人たちは菩提寺の墓に葬られることになった。愛する兄と永遠に眠ることができて、きっと瑠璃も幸せだろう。


「さあ、今夜は青蘭さんが帰ってきたお祝いパーティーですよ。鍋がいいですか? 焼肉がいいですか? デザートに清美特製アップルパイも作りますね」

「清美のぶんざいで料理できるんだ?」

「あれ? 青蘭。清美さんはけっこう上手だよ。スウィーツ以外、食べたことないけど」

「ふうん?」


 青蘭が不信の目で清美をながめる。

 そんな仕草まで、いちいち可愛くてしかたない。とりもどせて本当によかった。


 夕刻。

 パーティーの支度をしているところに、訪問者があった。呼び鈴にこたえて玄関の引戸をあけると、リエルとフレデリック神父が立っていた。


「……いらっしゃい」


 まあ、今回は彼らにも助けてもらった。神父には幽閉の塔の魔法媒体を壊してもらったし、二の世界でリエルが青蘭の身代わりになっていてくれなければ、今、青蘭が生きて戻れていたかどうかもわからない。

 これからパーティーなんですがと言いたいところを、龍郎はグッと我慢した。


 だが、龍郎の気分に反して、リエルはやけに親しげに笑いかけてくる。

「無事、ルリム・シャイコースを退治できたようだね。龍郎くん」


 なんだろうか?

 この先日までとのギャップは。

 能面のように無表情だった金髪の美青年が、まるで、なついたばかりの子猫のようにすりよってくる。


 居間の襖をあけた青蘭が、このようすを見て駆けつけてきた。子どもじみた態度で、龍郎の腕に自分の腕をからめる。龍郎をとられると思ったようだ。


 リエルはジロジロと観察する目つきで、青蘭を上から下までながめた。AIで分析するように、たっぷり時間をかけて凝視したあと、ようやく口をひらく。


「今回のことは君たちへの貸しだ。よくよく覚えておいてくれたまえ。我々が要請したときに、この借りを返してほしい」


 青蘭は本能的にリエルをライバルだとふんだらしい。黙って睨んでいる。

 かわりに龍郎が答えた。


「いや、まあ、それはしかたないかな。借りは返さないと」

「龍郎くんはそう言ってくれると思っていたよ。君は今どき珍しいほど純粋な人だね。どうか、これからも仲よくしてくれたまえ」

「あ、ああ……うん」


 青蘭とは反対側の龍郎の腕をとってくる。状況的には両手に花なのだが、むしょうに怖い。


「じゃあ、私は本部に帰るが、フレデリックを残していく。君たちは好き勝手、移動するから、せめて、いつでも連絡がつくようにしておいてほしい」


 リエルは去っていった。

 そう言えば、あの螺旋の巣の夢のなかで、リエルが何か妙なことを言っていた気もするが、いったい、あれはなんだったのだろう? 今となっては思いだせない。


 その夜はすき焼きパーティーで盛りあがった。甘いすき焼きは青蘭の大好物だ。すき焼きの具で青蘭がとくに好きなのは、うどん。


 こんな、なんでもない幸せが毎日、続いてほしい。

 そう思っていたのだが……。


「ああ、うまかった。やっぱシメは雑炊だよな」

「あっ、じゃあ、わたし、コーヒーいれてきますね。清美特製アップルパイですよぉ」


 広い居間には座卓が置かれ、なんだか宴会場みたいだ。もっと家族のリビングらしく、ちょっとずつ改造していかなければ。


 清美が部屋を出ていくと、室内には龍郎と青蘭の二人きりだ。


 龍郎は青蘭の耳元に唇をよせた。

 どうしても、そのことを話しておきたかった。


「ねえ、青蘭。お願いがあるんだ」

「うん。何?」

「これからは、なるべく、アンドロマリウスを使わないようにしてほしいんだ。おれが君を守るから」


 青蘭は無邪気な顔で、龍郎を見つめる。


「アンドロ……何?」

「えっ?」


 龍郎は青蘭を見返した。

 最初は青蘭がふざけているのかと思った。


「アンドロマリウスだよ。青蘭のなかにいる悪魔」

「なんのこと言ってるのか……わからない」


 困ったような青蘭の顔を見て、嘘をついていないのだと、龍郎は知った。


 アンドロマリウスが青蘭のなかから消えた?

 いや、青蘭の記憶から?


 ふと、思う。

 一の世界で失われた青蘭は、青蘭のどの部分だったのだろうと。


 目の前にいる青蘭は、完全ではないのかもしれないと……。





 第四部 完



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https://kakuyomu.jp/works/1177354054891808553


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