第五話 三の世界

第5話 三の世界 その一



 感覚でわかる。

 ピリピリと肌に刺すような緊迫感。

 そう。ここは、中央の塔内部だ。

 始まりの場所に戻ってきてしまった。


 手をにぎりしめていたはずなのに、瑠璃の姿がない。

 でも、龍郎は感じていた。

 すぐそばに青蘭がいる。


 懐中電灯をグルグルまわすと、光のなかに人影が浮かびあがった。


「青蘭?」

「……龍郎さん?」


 それは、まちがいなく青蘭だ。

 あの白いハイネックの服を着させられているが、髪も肩に届かない。男の姿をした、正真正銘の青蘭。


 同時にかけより、とびつくように抱きしめあった。


「青蘭!」

「龍郎さん!」

「会いたかった」

「僕もだよ」


 愛しい人をこの手に抱きしめる。ただそれだけのことが、こんなにも幸福なのだと、龍郎は痛いほど実感した。

 できることなら、このまま、ずっと、こうしていたい。何日でも抱きあって、青蘭の香りに包まれていたい。


 でも、それは許されないことだ。

 この場所から寸刻でも早く、脱出しなければ。


「来ることはできたけど、この世界から帰るためには、どうしたらいいんだ?」

「それは、たぶん、この世界を構築する魔法を破壊しないといけないんじゃないかと思う」

「この世界は七つの平行世界が重なりあって存在してるんだって、清美さんが言ってた。そのことかな?」

「うん。魔法を作ってるのは、この世界の女王だ。世界が重複してるかぎり、女王を倒すことはできない」

「つまり、七つの世界すべてで、女王を倒すのか。女王は、ルリム・シャイコースって話だ」

「アンドロマリウスもそう言ってた」


 青蘭の知識はアンドロマリウスからのものらしい。それなら、信用できる。少なくともアンドロマリウスは、魔王退治には積極的だ。宿主の青蘭に嘘を教えるとは思えない。


「どうやって、ルリム・シャイコースを倒すんだ?」

「僕とあなたがそろっているときなら、なんとかできるかも。二つの玉の共鳴力で」

「わかった」


 いつも、青蘭が魔王を倒すときの要領で、やるしかないということだ。でも、ほんとうは、それはあまりしてほしくない。


 魔王を倒すためには、アンドロマリウスの力を借りなければならない。そして、青蘭がアンドロマリウスの力を借りるためには、自分の肉体の一部を代償として差しださなければならない。この関係性は、いずれ青蘭に破滅をもたらすのではないかと、龍郎は危惧きぐしていた。


 しかし、今のところはその方法でしか、異世界の邪神に対抗しうる手段はなさそうだ。


「じゃあ、今なら、女王を倒せる。探しに行こう」

「うん」


 青蘭は名残おしそうに、龍郎の胸から離れた。ただ、手だけはにぎりしめて離さない。


 歩きだそうとした龍郎の足にひっかかるものがあった。足元を見おろしてみれば、あの白金製のパイプのような武器だ。


「そうか。二の世界で、おれがこれを手に入れたからだ。おれの属性として、これがプラスされたってことだな。懐中電灯は青蘭が持ってて」

「うん」


 龍郎はパイプをひろいあげた。

 何かの役に立つかもしれない。


 龍郎たちが歩き始めると、神父は黙ってついてくる。


 しばらくして、龍郎は聞いてみた。


「ねえ、青蘭。青蘭はこっちの世界でのことは全部、おぼえてる? ここは三の世界なんだけど、一の世界のこととか?」

「わからない。ときどき、幻みたいな形で、なんとなく重なった別の世界のことが見える気がするけど」

「じゃあ、現実世界でのことは? 青蘭は今、現実の世界では、瑠璃って女の子になってるんだけど」

「瑠璃は僕の見る夢だよ。こっちの世界の僕が眠ってるときに、意識だけが現実世界に戻ってるんだ。でも、接触が完全じゃないみたいで、記憶が混乱する」

「そうか……あれは、青蘭の夢のなかの姿なんだな」

「ずっと龍郎さんのそばにいたいから。会いたいって願ったら、夢を見るようになったんだ」

「青蘭……」


 抱きしめたい気持ちを、ぐッと抑えた。そんな場合でないということは、よくわかっている。

 ここは、いつ邪神がやってくるかわからない、敵地のどまんなか。その中枢だ。


 ゴツゴツした岩肌の歩きにくい洞窟。それが、しだいに、ふわふわした変な感触になっていく。一の世界で経験した、あの感触だ。ネットリと地面が足に粘りつくような感覚。


「イヤな感じがする。邪神が近い」と、青蘭は顔をしかめた。


「そうだね」


 龍郎の手をギュッとにぎってくるので、龍郎も青蘭の手をにぎりかえす。


 ズシン、ズシンと、どこかで鳴動が轟く。おそらく、あれがこの世界の女王。ゆいいつ絶対の女神というやつだろう。


 本能的に行きたくない方向へ、弱音を吐きそうな本心を叱咤して近づいていった。

 生存本能が、そこへ向かうことをさけている。邪神の禍々しい力を感じとって、無意識に忌避きひしている。

 あえて、その方角をめざした。


 やがて、それが見えてきた。


 懐中電灯を持っている、という認識が、透視能力をより高めたのか、数十メートルもある高い天井のすみずみまで見渡せる。


 その前方に恐ろしく巨大な椅子が一脚、洞窟の壁にすえつけられている。玉座のようだ。岩窟に彫られた寺院のように、やたらに大きいが、形は人間用の椅子に見える。


 だが、今、その玉座に御す者の姿はない。


「女王はいないみたいだな」

「どこかに出かけてるんだね」

「どこに行ってるんだろう?」


 しッと神父が叱責する。

「近くにいる。油断するな」


 ズシン、ズシンと、あの音が近づいてくる。


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