第3話 七つの世界 その五
気がつくと、またあの世界にいた。
螺旋の巣。
龍郎は気づいた。
ここへ来るために必要なもう一つの条件に。青蘭だ。正確には瑠璃と言うべきか。瑠璃とともにいるときにしか、異相の転移が起こらない。
たぶん、苦痛の玉と快楽の玉の引きあう力に、ペンダントの力がくわわったときにだけ起こる現象なのだろう。
(青蘭に会いたいけど、会うとこの世界に来てしまうのか。自分でタイミングをはかれない。回数が限られてるのは痛いな。いや、こっちにいるのが、ほんとの青蘭だ。早く助けないと)
今度のここは二の世界と言っていいのだろう。
自分がどこにいるのか、すぐにわかった。あの幽閉の塔などのある巣の中心部だ。中央の塔の周囲の四つの塔は、どこがどの塔なのか区別がつかない。
この世界の青蘭が、まだ祭の贄に捧げられていないのだとしたら、幽閉の塔に捕らえられているはずである。
目的地は幽閉の塔だ。
龍郎は柱のかげから周囲をうかがった。
清美は天使たちの持つパイプのような武器を奪えと言っていた。たしかに、あの武器があれば、かなり優位に戦える。
それにしても、なんだろうか。最初に来た一の世界のときは、もっと塔全体が暗く、あたりも静まりかえっていた。
だが、今日は妙に一帯がざわついていた。柱と柱のあいだに隠れているが、そこらじゅうに天使が歩いている。柱廊のあいだをびっしり覆うように整列して、まるで何かを待っているようだ。
すると、そのとき、中央のもっとも巨大な塔が明々と光った。蛍のような淡い緑色の光が何千何万と輝き、塔をかこんで点滅する。とても美しい。まるで、祭の日の
(今だ! 今が祭の始まりなんだ!)
なんてことだろうか。
ゆっくり時間をかけて助けに行くゆとりなんてない。今すぐ、なんとかしないと。
龍郎は一番近くにいる戦闘天使までの距離を目測した。五メートルというところか。そこへ行きつくまでに、労働天使が十数人いる。
あの天使のパイプを奪って、それから幽閉の塔に——
考えていると、四方の塔の一つのハッチがひらいた。ぞろぞろと戦闘天使に囲まれた一団が塔から出てくる。龍郎より低い位置なので、白く長い装束を着た連中がよく見渡せた。
その中心に、青蘭がいる。遠目でもわかった。本物の青蘭だ。
(青蘭——!)
叫びたいが、はやる気持ちを抑えた。
まずは武器を手に入れる。
それからだ。
龍郎は並ぶ柱のうしろを通り、ジリジリと戦闘天使のところまで近づいていった。
背後に立ち、すばやく天使の首に片腕をまわした。まるで人間相手のようで気分が悪いが、遠慮なく締めおとす。
パイプをひろった瞬間、龍郎は青蘭を囲む行列をふりかえった。居並ぶ天使たちがひざまずいて迎えるなか、行列は
(なんだ? あいつ?)
集団の先頭に有翼の天使がいる。それが、ほかの天使にくらべて倍も大きいのだ。龍郎と比較しても、むこうのほうが二十センチは背が高い。つまり、二メートルは優に超えている。
青蘭は有翼の天使に紐をにぎられて、罪人のようにひきずられていた。
(有翼の天使。ルリムも有翼だった。やっぱり、いるんだな)
天使らしい姿の天使だ。
白い翼。長くウェーブしたブロンド。龍郎からは後ろ姿しか見えない。それでも、いやに迫力があった。鬼気迫るような何かだ。殺気と言ってもいい。
(あいつ……たぶん、強い。それも、そうとう強い)
見ているだけで体にふるえがつく。
それでも、龍郎は青蘭を助けるために、武器をかまえた。
有翼の天使に狙いを定める。
周囲から群をぬいて背が高いので狙いやすい。
(行け! 頼む。どんな使いかたか知らないけど、青蘭を助けたいんだ!)
意識を集中すると、その精神力がパイプの先端に凝っていくような気がした。
やがて、それはまぶしい金色の光線になって、有翼天使に向かっていった。
戦闘天使たちの発する光線は弾丸ていどの小さなものだが、それは
やれる——
そう思った瞬間、有翼天使がふりあおいだ。距離は七、八十メートル離れている。それなのに、まるで手の届く範囲にいるかのように、双眸がギラギラ浮きたって見えた。
邪眼だ。
その目で見つめられた者は石になってしまう。まるでゴーゴンのような強烈な視線。青と銀のあいだの金属のような照り返しのある瞳。
有翼天使は自分のパイプで、龍郎の放った光線をふりはらった。攻撃はかわされ、塔の壁に
有翼天使が翼をひろげ、舞いあがった。青蘭を束縛する紐を離している。
「青蘭! 逃げろッ!」
その瞬間、青蘭のおもてに奇妙な微笑が刻まれた。それは龍郎の知る青蘭とは思えないような、ひどく硬質な笑みだった。
(青蘭……?)
なぜか、青蘭は逃げなかった。
そのまま、別の天使に手をひかれ、中央の塔のなかへ入っていった。
了
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