第3話 七つの世界 その四
返事に窮していると、神父は苦笑いを浮かべた。
「まあ、気にするな。昔のことだ。しかし、私の星流への気持ちは今も変わっていない。だから、青蘭は私の息子も同然なんだ。これで信頼してくれるかな?」
信頼したわけではないが、神父の言葉どおりなら、青蘭に害はなさないだろう。それに、神父の上司のリエルにくらべたら、神父は人間味があるぶん、行動原理が理解できる。
勇んで螺旋の巣へ出かけていったのはいいが、その結果、貴重な七回しかないチャンスのうち一つを棒にふってしまったこともある。
やはり、意地を張っている場合ではない。ここは神父の手助けを得るべきだ。
龍郎は神父を自宅のなかに誘い、昨日一日の出来事をつまびらかに語った。螺旋の巣であったことも、氏家家のなかで起こっている異常な現象についてもだ。
「家族全員が仮死状態……か。しかも、さらわれたはずの青蘭が家族の一員として存在している」
龍郎の話を聞いた神父は腕を組んでうなった。
「わけがわからないな」
「なんだ! あなたもわからないんですね」
「考えてみたまえ。じっさいに魔界に行ったことのある人間が、どれほどいると思う?」
「まあ……いないでしょうね」
「そう。ゼロだ。少なくとも、魔界から生還し、その知識や情報を広めてくれる者は。さらわれて死んだ者はいるかもしれないが」
「縁起の悪いことを言わないでください」
神父は余裕のある笑みを見せたあと、また真剣な顔つきに戻った。
「青蘭が君に、そのペンダントをくれたんだね?」
「そうです」
「まちがいない。それは、ルリム・シャイコースの涙だ」
「ルリム……シャイコースの涙?」
龍郎がスマホをとりだそうとすると、神父が苦笑し、手をあげて制した。
「ルリム・シャイコースがクトゥルフ神話の邪神であることは知っているよな?」
「ああ、はい」
前にスマホで検索したとき、それは確認した。ただ、詳細な説明を読んでなかったのだ。
「君はこういう事件にあたるには、少々、知識が乏しすぎるな。ふだんから独学でいいから学んだほうがいい。かんたんに言うと、ルリム・シャイコースはかつて魔法使いに滅ぼされた邪神だ。流氷の島に住み、氷が溶けると海に沈んだ。その姿は巨大な
「蛆?」
なんだろうか。この違和感。
あの世界はむしろ、蜜蜂や蟻に近い真社会性の世界だった。なんとなく納得できないが、それは勘でしかない。
「まあ、いいです。青蘭を助けに行かないといけないんです。おれの力だけでは、ダメなんだとわかった。どうか、力を貸してください」
畳に頭をついて頼みこむと、神父は確約した。
「もちろんだ。リーダーはまだ帰ってこないが、私もその世界を見てみたい。だが、私までその屋敷に行くのは不自然だろうな?」
「でしょうね。おれだけでも何日も泊まりこむのは図々しいと思うので」
「じゃあ、私はこっそり、お邪魔しよう。君の使わせてもらっている客間に隠れていれば、なんとかなるだろう」
「わかりました。なら、おれと清美さんはさきに行ってますね」
「ああ」
神父と別れ、着替えを持って、氏家の屋敷にとって返した。当然のように清美がついてくるが、そこは気にしない。
屋敷についたとき、門の鍵があいていた。不用心だなと思いつつ、なかへ入っていく。誰かが散歩中なのかもしれない。
昨日の勝久の凶行について相談したかったが、冬真が見つからない。かわりに、ザクロの木のもとに立つ瑠璃を見つけた。
「清美さん。おれ、ちょっと、そのへんにいるから」
「はいはい。ファイトですよ」
ベランダから中庭に出ていく。
走っていくと、青蘭は悲しげな瞳でザクロの根元を見つめていた。
「どうしたの? 瑠璃さん。そこに何かあるの?」
たずねると、ふりかえる。
「ここに……大切なものが……」
そう言って、青蘭は見つめていた地面を指さした。
「えっ? ここに? 地面にってこと?」
青蘭は涙にぬれた目でうなずく。
青蘭の涙は魔法だ。
泣きやんでほしくてしかたない気分になる。そのためなら、どんな苦労でもいとわないと思う。
「地面に何か埋めたのかな?」
「とても大切なもの」
「わかった。それをとりだしてほしいんだね? ちょっと待ってて」
母屋の裏口の近くに納屋があった。龍郎はそこまで走っていき、なかを物色した。さびついた古いシャベルを見つけた。かなり大きな鉄製のやつだ。
「ここを掘ればいいんだね?」
青蘭がうなずくので、龍郎は言われるまま、地面に穴を掘った。ザクザクと土を掘りおこすと、しばらくして、ポカリとシャベルのさきが空洞につきあたった。もともと、ザクロの根元には大きな穴があいていたのだ。
ギョッとしたのは、そこに人の顔がのぞいていたことだ。
死体だ。
血のかよわない青ざめた皮膚。静脈が蜘蛛の巣のような模様になって浮きあがっている。
しかし、その死体は青蘭だった。
青蘭が悲しげな瞳で地面の空洞のなかから、龍郎を見あげている。
となりに立つ瑠璃の青蘭。
足元には、死体の青蘭。
どちらが本物なのだろうか?
どちらも、同じほど悲嘆に暮れた顔をしてる。
「青蘭——!」
手を伸ばすと、龍郎の首にかけたペンダントが金属的な白い光を放った。
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