第10話 架け橋 その四
*
サンダリンの意識は遠くなりつつあった。
やはり、天使でなくなったサンダリンの戦闘力はかなり落ちている。というより、虫の息だ。
女王と戦うことなど、もともと、できる体ではなかったのだ。
女王に叩きつけられたまま、床で伸びている。
なぜ、こうなったのだろうと、サンダリンはぼんやり考える。
ルリム王女の誘いを断り、女王の塔へむかったところまでは記憶にある。
両翼を失い、ひとすじの希望をいだきながら、女王のもとへ急いだ。足どりは重いが、心は軽い。
私は男になった。今なら、きっと、母上も——
きっと、子どものころのように、「サンダリン。わたしの可愛い坊や。今までよく頑張ってくれましたね。もういいのよ」と、あたたかく抱きしめてくれる。
母の微笑みを思うと、これまでの辛苦がすべて霧散する気がした。
ようやく、求めていたものが得られる。
それにしても血が流れすぎた。
意識が朦朧とする。
ただ母の喜ぶ顔が見たい一心で歩いていく。
(私は王になりたいわけではない。ただ、愛されたいのだ。私を見向きもしなくなったあのかたに、今一度、以前のように……)
王子に戻りさせすれば、母に優しい言葉で迎えられると信じていた。
だが、ようやく女王の塔の玉座の前にサンダリンが辿りついたとき、女王は不機嫌にうなった。
「サンダリン。その翼はどうしたのだ?」
「自然にぬけおちたのです。母上。私は男に戻りました。もう一度、王子として認めていただけますか?」
「バカなことを。そなた、わかっているのか? 王子など替えはいくらでもいる。だが、有翼の戦闘天使は、そなた一人。快楽の玉、苦痛の玉、二つながらに手に入るやもしれぬという、この大事のときに、戦える者がいなくば話になるまい。この穴埋めをなんとする?」
「でも、母上……」
「死にぞこないの王子に、なんの価値がある? 天使でなくなったそなたなど、塵ほどの意味もない」
「そんな。では、私はどうしたら……」
「どうとでもすればよい。どうせ、まもなく死ぬであろう。どこでも好きなところへ行って、のたれ死ぬがよいわ」
「母上。お待ちください。女王陛下——!」
呼びとめたが、母は玉座を立ち、奥の間へ去った。ただの一度も、サンダリンをふりかえることもなく。
(そう。これが、あなたの仕打ちか……)
いつか、ふりかえってくれるかもしれない。認めてもらえるかもしれない。そう思い、戦い続けてきた。
でも、けっきょく、最後はゴミのように捨てられる。ただそれだけの存在だった。
天使であれば愛されず、天使でなければ価値もない。
急に笑いたくなった。
サンダリンは声をあげて笑った。
抑えられない衝動が高まり、そのあとのことは覚えていない。
気づいたときには、女王の手で殺されかけていた。意識が遠のく。
(あなたが私を殺すのか。それほどに……憎い、のか?)
そのとき、あの男の姿が目についた。
星の戦士だ。
サンダリンの頭をくだこうとする女王の胸に、武器の照準をあわせている。
(殺す……つもりか)
女王をか。サンダリンをか。
それとも、二人まとめてか?
それもいいと、ふと思った。
母の愛は二度と戻らないことが痛いほどわかった。
サンダリンには、こうするほか手立てがない。
母を殺して自分も死ぬ。
そうすれば、母は自分だけのものになる。永遠に……。
血を吐きながら、サンダリンは最後の力をふりしぼった。
自分の横にころがる、子どもたちの塔の魔法媒体。
四つのうち三つが損壊すれば、魔法の効力は極端に弱まる。
指一本、持ちあげることさえ難しい。
自分の体をこれほど重く感じたことは、かつてなかった。
もうじき自分は死ぬのだ。
サンダリンは執念のみで、それを成しとげた。片手をふりあげ、魔法媒体をこぶしでつぶす。
(さあ、殺せ。私と母上を。それが私の最期の望み……)
星の戦士は武器をかまえた。
オーロラのような光が、女王とサンダリンを包みこんだ。
その日、五の世界はついえた。
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