第5話 三の世界 その四
冬真からはそれ以上、聞くことはできなかった。冬真は最初に天使に捕まったあと、ずっと幽閉の塔に閉じこめられているということだ。情報は限定的だった。
しかし、ルリムが言っていたというのなら、信憑性がある。そんな大事なことを、なぜ虜囚に打ち明けたのだろうという疑問は残るが、ルリムのことは信用していいと、清美も言っていた。
七つの世界はすべて、未来を決定するための仮定の現在なのだ。そのすべてが同じ結果を示したときに、初めて真の世界が現出する——
龍郎は神父や清美と相談するために、一度、自宅へ帰ることにした。昼間は冬真が瑠璃を守っている。少なくとも、瑠璃が自分の意思に反して乱暴されることはないだろう。
急いで自宅へ帰ると、清美がのんびり縁側で茶を飲んでいた。
「あっ、龍郎さん。おかえりなさい」
「フレデリック神父は?」
「さあ。帰ってこられませんよ。ごいっしょじゃなかったんですか?」
「いや、螺旋の巣ではぐれたあと、いなくなったんだ」
「じゃあ、神父さんはまだ、あっちの世界にいるのかもしれませんね」
「えっ? でもそれなら、気絶したままの体が倒れてるんじゃないの?」
「あっ、そうですね。あっちとこっちでは時間の長さが人それぞれ違うみたいですから。さきに目が覚めて、どっか行ったのかも」
「ふうん。そうなんだ」
しかし、聞きたかったのは、そこじゃない。
「さっき、冬真から聞いたんだけど」
「えっ? 冬真さんからですか? あの人、優しいですよねぇ」
「えっ? うん……」
清美には、冬真が妹の瑠璃と妖しい関係になっていることは告げないでおこうと、龍郎は思った。
「冬真から聞いたんだけど、螺旋の巣には真の世界が隠されてるらしいんだ。冬真はルリムから聞いたんだって」
そして、昨夜の第三の世界で女王への攻撃が反射されてしまったことを話す。
「真の世界へ行くためには七つの世界で女王を倒すしかないんだ。でも、現状では、それは不可能に等しい。あんな調子じゃ、とても女王を倒せない。どうしたらいいんだろう?」
清美はかたわらに置いた盆から煎餅をとりあげて、バリバリかじる。龍郎も急にお腹が減ってきた。まだ朝食を食べていない。となりに座って、煎餅をいただく。
「あっ、清美特製フレンチトーストでも作りましょうか? お菓子は得意なんですよぉ」
「うん。じゃあ、お願いするよ」
というわけで、場所を家のなかの台所に移す。古い日本家屋のキッチンは土間になっていて、いちおうテーブルも置いてあるが、あまり食事をするのに適していない。冬場には恐ろしく寒くなるだろう。
「食事用の場所も考えないと。青蘭が帰ってくる前に」
「それなら、書斎の前に板の間があるじゃないですか。けっこう広いし、あそこなんかオシャレかなぁって思います。中庭も見えるし」
「でも、壁で仕切られてるわけじゃないから、真冬や真夏は困るね」
「そうですねぇ。どの部屋を誰が使うかも考えないと」
「あっ、そうだね。青蘭が帰ってきてからじゃないと」
「そうですね。青蘭さんが帰ってきたら」
清美は言いながら、コトンと甘い匂いのする皿を龍郎の前に置く。フレンチトーストは優しい味がした。
そう。今はちょっと留守にしてるだけだ。青蘭は必ず帰ってくる。
そう思える。
「それで、清美さんの夢情報はないかな? どうやったら女王を倒せる?」
「うーん、ハッキリ断言はできないんですが、なんか夢のなかで、龍郎さん、塔のてっぺんを破壊してましたよ。中心の塔が、女王の塔って言うんですけど、そのまわりに四つ、小さい塔があるじゃないですか。あれですね」
「つまり、四つの塔の最上部に、女王を守る結界のようなものを生みだしてる何かが置いてある——と?」
「たぶん、そういうことですね」
女王を倒すには、まず、それを破壊しなければならないということか。
RPGのようでめんどくさいが、しかし、これで希望は持てた。昨夜の感じでは、女王を倒すなんて、とてもできることではなかった。だが、攻撃さえきけば、やれなくはない。
「ありがとう。清美さん! これで、きっと、今度こそは……」
やっと反撃できそうな気がしてきた。
龍郎は礼を言って、ふたたび氏家の屋敷に戻った。夜のために昼に寝る。こんな日々が、あと何回続くのだろう。チャンスは、あと四回だ。
夜になった。
夕食のあと、家人は寝静まる。
だが、またすぐに、わめき声が聞こえてくる。誰かが誰かを殺しているらしい。
そのとき、龍郎は気がついた。
(そういえば、おれ、昨日は瑠璃さんを助けたけど、その前の二日は助ける前に、あっちの世界へ行ってしまった。もしかして、あっちの世界の青蘭の生死に関係してるんじゃ?)
昨日は瑠璃が殺されなかったからこそ、向こうの世界で青蘭も生きていたのかもしれない。
なんにせよ、たとえ夢の存在とは言え、青蘭が殺害されるところを見殺しになんてできない。
龍郎は二階への階段をかけあがった。
二階では、今日もパン、パンと、銃声が響いていた。まったく、なんでこんな危険な家族が猟銃なんて所持しているのだろうか。
廊下から覗くと、白髪の老人が瑠璃を追いまわしている。すでに、勝久と透子は血染めになって床に倒れていた。絶命している。
「おじいさま。許して!」
「いかん。おまえが悪いんだ。何もかも、おまえがおらなんだら、こんなことにはならなかった。瑠璃、かわいそうだが観念せい!」
壁ぎわに、瑠璃が追いつめられる。
龍郎は背後から老人に突進した。タックルをくらわすと、あっけなく、老人は倒れた。失神している。
「瑠璃さん。行こう」
手をとりあって走りだす。
次は、四の世界へ——
了
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