第十一話 青蘭回帰

第11話 青蘭回帰 その一



 五の世界が壊滅した瞬間、あたりが真っ暗になった。まるで電気のスイッチを切ったように、フッと世界が消えた。


 意識が漂うような感覚のあと、気がつくと、龍郎は暗闇にいた。一瞬、瓦解した世界の虚無のなかを浮遊しているのかと思ったが、どうも違う。


 床に寝かされているようだ。

 いや、床にしては柔らかい。

 よく見ると、四方の塔の個室のなかだ。頭に夢を見せる機械につなぐための特殊な冠をかぶされている。


(ここは……?)


 たぶん、幽閉の塔のなかだ。

 夢を見せられていたのだろう。

 五の世界に最初に来たときと同じ状況である。


(たしか、四の世界でサンダリンと戦ったあと捕まって、それで……次の日には五の世界に行ってたんだ。ということは、ここは五の世界に移る前の四の世界ってことか?)


 四の世界で捕まったあとということだろう。


 龍郎は器具をはらいのけ、とびおきた。

 ここが四の世界なら急がなければ。

 今のうちなら、戦闘天使が配備されていない。


 それに、青蘭が賢者の塔で待っているんじゃないかと思う。最初に四の世界を訪れたときは、まだ青蘭はさらわれていなかった。しかし、あのあと、つれてこられたとすれば、今ごろは螺旋の巣のどこかにいる。


 五の世界で、青蘭は賢者の塔に隠れていた。もしも、いるとしたら、そこだと思った。


 窓から外をのぞくと、すでに王女の塔、賢者の塔に続き、子どもたちの塔の屋上も崩れていた。


 世界と世界のつながりが、どこまで影響しあっているのか、けっきょくよくわからないが、となりあう世界は相互干渉が起こるようだ。あるいは、サンダリンの強い思いが七つの世界すべてで重なったのだろうか。


(残るは幽閉の塔の魔法媒体だけだ。でも、あれも神父に任せればいい。五の世界のことが影響してるなら、すでに神父が媒体を破壊しに向かっているはずだ)


 龍郎は急いだ。

 幽閉の塔をぬけだすと、賢者の塔をめざす。


 螺旋の巣は薄気味悪いほど静かだ。

 見まわりの戦闘天使の姿さえ見えない。


 ここでのサンダリンはどうしたのだろうか?

 もし、ここでも五の世界と同じことが起こるなら、そろそろ彼が暴走しだすころなのだが。


 しかし、邪魔者がいないのは助かる。

 賢者の塔のなかを歩きまわっていると、上部に近い個室から、青蘭の顔がのぞいた。


 五の世界で起きざりにしてしまった青蘭。もう一度、迎えにくることができたのだ。そう思うと、胸が熱くなる。


「龍郎さん」

「青蘭」


 おずおずと部屋から出てくる青蘭を抱きしめる。


「待たせて、ごめん」

「龍郎さんなら、きっと来てくれると思ってた」

「うん。もう離さないよ」


 四の世界の青蘭は生きていた。

 自力で逃げだし、龍郎を待っていてくれた。


「五の世界の青蘭は、どうなったんだろう?」

「僕と重なったよ。五の世界の僕も。六の世界の僕も。僕らはもともと一つの存在だ」

「そうだね。じゃあ、このあと何が起こるか知ってるよね?」

「うん。サンダリンが暴れだす」

「おれたちはサンダリンに加勢しながら、女王を倒そう。フレデリック神父が幽閉の塔の媒体を壊す瞬間を狙うんだ」

「うん」


 塔の外に出ようとしている途中で、咆哮があがった。地面も揺れる。


「始まった!」


 塔が傾いて、スロープを描く通路に立っていられなくなった。よろめくとそのままズルズルすべりおちていく。


「ウォータースライダーみたいだね」

「知らない。何それ」

「そうか。青蘭、プールなんて行ったことないよね。現実の世界に戻ったら、いろんなとこへ行こう」


 そして、たくさん思い出を作ろう。

 これまでできなかったことを、たくさん、たくさん経験して、二人の共有するものを増やしていこうと、龍郎は場違いに思った。


 転がりながら出入口のところまで下りていく。

 外では、サンダリンが泣きながら女王の腕のなかに倒れこんでいる。もう瞳に生気がない。


 幽閉の塔のてっぺんを見ると、神父が立っていた。あのパイプを媒体に向けている。銀色の光が一直線に伸びる。


「今だ!」


 龍郎は青蘭とともに、女王の足元へ駆けよった。右手に力をこめると、神剣が現れる。冷たく澄んだ青い刀身を女王のかかとに叩きこむと、気持ちいいほどスルスルと裂けた。


 ギャアッと悲鳴がもれ、女王は倒れた。片足の足首から先が切断されている。その切りくちから青い炎が燃えあがり、女王の巨躯は朽ちていった。


 四の世界は滅んだ。


 そして、また暗転。

 宇宙になげだされたような浮遊感ののち、龍郎は目をさます。


 目の前に女王が立っている。

 今まさに、指先に挟んだ青蘭を飲みこんだところだ。

 口中から喉元へと、快楽の玉の発する蛍のような光が、女王の皮膚を通して透けてみえる。


 忘れもしない。

 これは、三の世界だ。

 三の世界の続きにやってきたのだ。


「青蘭——ッ!」


 龍郎は駆けだした。

 自分でも信じられないほどの力が右手から湧きだしてくる。


 女王のつまさきにこぶしを叩きこむと、一瞬でそこに穴があいた。肉の焼けこげる匂いがたちこめる。


 悶え苦しんで倒れる女王の胸に青い光がある。青蘭だ。そこに、青蘭がいる。


(まだいる。青蘭はそこにいる!)


 龍郎はその光に自分の右手をかさねた。


 苦痛の玉。快楽の玉。

 二つの石が呼応しあう。


 脈拍が一つに溶けあった瞬間、女王の胸が弾け、そこから、ズルリと青蘭の体が流れおちてくる。ヌメヌメした粘膜に覆われてはいたが、無傷だ。抱きよせると、ちゃんと鼓動もあった。


「生きてた……よかった。青蘭!」


 熱い涙がほとばしり、したたりおちるのを、龍郎は止めることができなかった。

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