第4話 ザクロの木の下に その二



 ぼうぜんとしているうちに、冬真は瑠璃をつれて立ち去った。


 すると、背後から声がする。


「しかたありませんよ。たぶん、冬真さんには、青蘭さんが瑠璃さんに見えているんです」

「えっ?」


 ふりかえると、いつのまにか、清美が立っていた。


「あれっ? 清美さん。いつのまに?」

「だから、ずっといましたよ?」

「あっ、ごめん。気づかなかった」

「いいですよ。美形どうしの修羅場は萌えますからね!」

「…………」


 もうあれこれ言う気にもなれず、龍郎は肝心の話を続ける。


「青蘭の姿が瑠璃さんに見えてる? それは自己暗示のようなものってことかな?」


「うーん。清美の夢情報によるとですね。冬真さんがどうこうっていうより、青蘭さん……というか、瑠璃さんの存在が普通じゃないんだと思います。一の世界で、青蘭さんが亡くなる前にしたことが関係してる……はずですよ」


「そうか。じゃあ、冬真を責めてもしかたないんだな。でも、これで向こうに行くための条件がわかった。ペンダントを持った状態で、このザクロの木の近くにいないといけないんだ」


 しかし、それだけでもないのかもしれない。もし、その条件だけなら、すでに今、転移の魔法が発動している。そうならないのは、他にも条件があるからだ。


「それにしても、冬真が言ってたって、なんだろう? やっぱり、この木の下に何か埋めたんだ。それも、もしかしたら冬真と瑠璃さんの二人で」


 とても大切なものだと、瑠璃は言っていた。それが転移のためのもう一つの条件なのかもしれない。


 冬真の部屋のほうを見ると、カーテンのかげから、こっちを観察している人影があった。やはり、見張られているようだ。


 あとで、もう一度、この場所に来て、穴を掘ってみようと龍郎は思った。昼間は冬真に見られている。やるなら夜しかない。


 あきらめて客間へ帰っていった。


「龍郎さん。ところで、二の世界に行ったんじゃないですか?」

「ああ。でも、ダメだった。青蘭のようすがおかしかったんだ。おれが機会を作ったのに、逃げようとしなかった。まるで自分から生贄になろうとしてるみたいに」

「ふうん。そうなんですか。二の世界の夢は、あんまり見たことがないんですよね。あの世界って、一つ一つがパラレルな別次元ではあるんですが、微妙に一つの世界での行動が次の世界に影響するみたいなんですけどね」


 清美の助言は残念ながら、今のところ役に立たない。なぜなら、一の世界でも、二の世界でも、青蘭は死んでしまったからだ。


 愛しい人の存在が、だんだん希薄になっていく感覚に、龍郎はジリジリするような気持ちで夜まで耐えているしかなかった。


 やがて、夜が来た。

 待ちに待った夜。


「清美さんは家に帰っていいよ。この屋敷、なんか変だから」

「そうですね。じゃあ、これ、使ってください」と言って、清美は龍郎に懐中電灯とライターを渡してきた。龍郎はそれをポケットに入れた。


「ありがとう」

「何かあったら電話かけますので」

「うん」


 晩餐が終わったあと、清美は自宅へ帰っていった。入れかわりに、神父が忍びこんできた。塀を乗りこえてきたのか、門を解錠したのか知らないが、いつもながら泥棒の技能はとびぬけている。


「やあ。今度こそ、私もつれていってもらおうか」

「いいですよ。そのかわり、おれに何かあったら、青蘭を助けてください。一つの世界でも事実がぬりかえられると、ほかの平行世界にも影響がおよぶらしい」

「もちろんだ。姫を救出する勇者の役目を君から奪ったとしても許してくれよ?」

「まあ、しかたないですね」


 ひそひそと話しあったあと、そっと客間をすべりだす。


 ところが、そのときだ。

 また、悲鳴が聞こえてきた。

 今日は昨日よりも激しい。


「二階だ」


 昨日と同様に勝久が女房の透子を追いかけまわしているのかと思った。


「どうしますか?」

 神父に問うと、

「この屋敷のなかの現象も、きっと螺旋の巣でのことと関連しているはずだ。でなければ、ただの一般人の屋敷が魔界に通じているなんて、普通ありえない」

「それもそうですね」


 何が起こっているのか確かめるために、龍郎たちは螺旋階段をあがっていった。


 すると、奥のほうから、ギャアギャアと声が聞こえてくる。うめき声や悲鳴だ。


 かどから覗くと、廊下の端が明るい。室内に電気がついている。ドアがひらいたままなので、その光がもれているのだ。


 龍郎はフレデリック神父と目を見かわした。神父がうなずく。それを見て、龍郎は走った。足音を殺して駆けよる。


 光のすぐそばまで行ったときだ。

 とつぜん、部屋のなかから、パーンと乾いた音がした。それは明らかに銃声だった。


 光の前に立ち、室内をうかがう。

 こっちに背をむけて、透子が立っていた。


 思ったとおりだ。やっぱりまた今夜も透子が殺されたんだ——と、龍郎は考えた。


 だが、よく見ると、何かが違う。

 白い煙がひとすじ、天井にのぼっていく。硝煙だ。ついさっき、銃が撃たれたから。その煙は、透子のかたわらから細くゆらめいている。肩ごしに銃口がかいまみえた。猟銃のようだ。


 そして、壁ぎわで倒れているのは、夫の勝久のほうである。


 そこは、おそらく、瑠璃の部屋だ。

 薄いピンク色のレースのカーテンがかかり、女らしい綺麗なものがあふれている。ベッドは天蓋てんがいから薄絹のとばりが張りめぐらされていた。


 そのベッドの上で、瑠璃がふるえている。


「お母さま。ゆるして」


 涙を流し懇願こんがんする。

 だが、透子は機械のように正確な所作で、銃をかまえなおした。銃口はまっすぐ、瑠璃を狙っている。


 龍郎はカッとなった。

 無我夢中で透子にとびかかる。


 銃声が夜の空気を切り裂く——

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