第3話 七つの世界 その二



「待たせたね。話って?」


 冬真は言いながら歩みよってきて、長卓をはさんで向かい側の席に座った。なんとなく、態度がソワソワしている。

 龍郎にあの夢のことを聞かれることを心配しているのだろうか? あるいは、もっと他に気になることがあるのか?


「冬真は自分たちが仮死状態になってることを知ってるんだろ。だったら、その原因をつきとめたいんじゃないかな?」

「それは、まあ……」

「じつは、おれが就職した探偵事務所っていうのは、オカルト的な事件を専門であつかってるんだ。これまでにも悪魔を退治した。それで、おれはまだ助手だけど、冬真の力になれるんじゃないかと思うんだ」


 冬真は無言のまま、龍郎を見つめている。しかたないので、龍郎は一人で話を続けた。


「さっきは言ってなかったけど、地下室を調べてみたかったのも、そのせいなんだ」

「……地下室に、何か問題でも?」

 なんとなく、冬真は警戒するような調子で聞いてくる。


「いや。地下室のせいじゃないみたいだね」と、龍郎が言うと、見るからに、ほっとした。


(変だな? 地下室に何かあるんだろうか? そのことを知られたくないのか?)


 不審に思ったが、とりあえず今は事件に介入することを納得してもらうのが先決だ。


「しばらく、この屋敷に泊めてもらってもいいだろうか? 超常現象が二度と起きないように解決してみせるから」


 冬真は少し強い口調で言った。

「でも、勝手に家のなかを歩きまわられるのは困る」


 やはり、何か拒絶されているような感触だ。


「調べたいところは冬真に言って許可をもらってから行くよ。ついてきてくれてもいい」

「それなら……いいけど」

「じゃあ、今日から泊まらせてくれ。よろしく」

「うん、まあ」


 家族全員が仮死状態におちいるなんて、かなり異常な事態だ。専門家が調べたいと言っているのだ。ふつうなら、ありがたがるものではないのだろうか?


 この屋敷には冬真が隠したがるような重大な秘密があるのかもしれない。それが、螺旋の巣でのことと関係があるのかどうかは断言できないが。


 とにかく、晴れて屋敷に寝泊まりすることができることになった。

 着替えなどとりに帰りたい気もしたが、きっと自宅にはフレデリック神父が待ちかまえているだろうと思い、そのまま、その夜は泊まらせてもらうことにした。清美はこうなることがわかっていたようで、自分のバッグのなかに必要最低限のものは入れてきていた。


「じゃあ、龍郎くんたちは客間を使ってくれ。別々の部屋のほうがいい?」

「あっ、一人は怖いんで、いっしょでお願いします」と、龍郎より前に清美が返事をする。


「じゃあ。ここで」


 案内されたのは、一階の客間だ。玄関ホールのすぐそばにあって、中庭に面している。フランス窓から中庭に出ることができた。あの巨大なザクロの木が夜の闇のなかでも、黒々と浮かんで見える。


 ありがたいことに、ベッドの他にソファーがあった。お姉さんのような存在と言えども、さすがに女性の清美と同じベッドで夜はすごせない。


「じゃあ、清美さん。ベッドでいいよ」

「はい。ありがとうございまーす」


 清美は決まりきったことのように、さっさとベッドに上がる。


 龍郎はソファーに横になったものの、なかなか眠れなかった。

 今日一日にあったさまざまなことが、何度も脳裏に浮かんでは消える。


 ほこりの匂いのするソファーで寝返りを打っているうちに、どこからか声が聞こえてきた。


(なんだ? あれ?)


 もしもこれが冬の夜だったなら、風の吹きすさぶ音だと思ったろう。だが、もう四月だ。冬のように強風の吹き荒れる空模様ではない。


 しかし、耳をすますと、やはり聞こえる。空耳ではない。ヒイイイッ、ヒイイイッという苦痛に耐えるようなあの声は、悲鳴のようだ。


 すると、そのうち、上の階でバタバタと走りまわる足音がした。


 気のせいではない。この屋敷のなかで何かが起こっている。

 龍郎はあわてて、とびおきた。靴をはいて立ちあがると、清美は気持ちよさそうにヨダレをたらして眠っている。


 家のなかに強盗が入ってきたのでないかぎり、まあ、清美は寝せておいても問題はないだろう。


 龍郎は扉をあけて廊下のようすをうかがった。たしかに悲鳴のようなものが、どこからか聞こえてくる。上の階のどこかだ。

 そっと部屋を忍びだし、龍郎は玄関ホールにある階段をめざした。


 屋内は薄暗い。

 が、長いこと消灯したまま暗闇で起きていたので、目が暗さに慣れていた。視界に困らないていどには見通せる。


 冬真の部屋は一階だったが、ほかの家族の寝室は上の階にあるのか、廊下は無人だ。静かなものである。しかし、ヒイヒイという断末魔のような叫び声が、あいかわらず夜気をふるわせている。


 龍郎は二階を見あげ、らせん階段をのぼっていった。

 細い廊下の角から、悲鳴の聞こえる部屋はどこだろうと、周囲を見まわす。


 すると、とつぜん、廊下の奥から誰かが走ってきた。


「泥棒! 泥棒ォーッ!」


 大声でわめきながら、半分すけたようなネグリジェを着て走ってくるのは、冬真の母親だ。たしか、透子とおこという名前だった。


 龍郎の母よりは、だいぶ年下のようだが、それでも四十はとっくに越えているはずだ。目のやり場に困るような寝巻き姿に、まずギョッとした。


 しかし、それどころではない。

 悲鳴の正体は、この人だ。

 家内に泥棒が侵入しているようだ。鉢合わせしてしまったのだろう。泥棒がひらきなおって強盗になるとマズイ。


「大丈夫ですか? 泥棒はどこにいますか?」と言って、龍郎は廊下の角からとびだそうとした。が、その直前に硬直する。


 なぜなら、透子のあとを追って走ってきたのが、この家の主人。冬真の父の勝久かつひさだったからだ。

 勝久は手に大きな高枝切りバサミのようなものを持っていた。


(な、何してるんだ? この人たち……)


 目の前で勝久の持つハサミがふりそろされた——

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