第6話  甘すぎる僕のお姉ちゃんの友達

「……やっぱり、紗愛さらさんは恐ろしい人よ。あたしが何とかしないと」


 疲労困憊という様子の華恋かれんとは対照的に、キラキラとした表情を浮かべる姉さん。


 そんな二人に囲まれながら、僕は日暮ひぐれ高校へと続く道を歩いていく。


 そして、少し坂を上ったところで、僕たちがこれからお世話になる校舎が姿を現した。


「ふふふ、これからはりくくんも学校にいると思ったら、お姉ちゃん、すっごく元気が出てくるよ!」


 ニコニコと隣で笑顔を向ける姉さんと違って、僕はため息をついて頭を抱えてしまう。


「……あのさ、姉さん。何度もいうけど学校では、あんまり羽目を外さないようにしてね」


「ん~?」


 僕が何を言っているのか分からないというように、首を傾げる姉さん。


 がっくりと項垂れる僕だったが、代わりに華恋かれんが姉さんに言ってくれた。


「だから、必要以上にりくに構わなくても大丈夫ってことです! だ、だって! りくのことはあたしがちゃんと面倒みますから!」


「いや、華恋かれんに面倒を見てもらうつもりもないんだけど……」


りくは黙ってて!」


 は、はい……よく分からないけど、ここは本能的に大人しくしておいた方が身の安全だと判断した。


「ダ~メ! いくら華恋かれんちゃんでもりくくんの独り占めは禁止!」


「ひっ、独り占めって、そっ、そそそそんなつもりで言ったんじゃないからね!」


 ううっ~、と獣のように唸ったあと、何故か僕に向けてキッと睨みを利かせる華恋かれんだった。


 僕、何も悪い事してないよね?


 このままでは、僕に対して悪態の一つや二つ出てきそうなところだったが、華恋かれんは俯いたままボソリと呟いた。


「…………絶対に、紗愛かれんさんには負けないんだから」


 最後のほうは、残念ながら上手く聞き取れなかったけど、おそらく僕に対する文句なので気にしないことにした。


 でも、華恋かれんももう少し姉さんと仲良くなってくれてもいいんだけど……。



「ふふ、少し早めに来たら面白いものが見れたわ。両手に花も大変ね、弟くん」



 すると、クスクスと笑いながら、前から僕たちに近づいてくる人影。


「あ~、波瑠はるちゃん、おはよ~」


 にっこりと微笑む姉さんに対して、彼女、仁科にしな波瑠はるさんは至ってクールに右手をあげた。


「おはよう、紗愛さら。あなたは今日も元気ね」


 銀色のショートカットにカチューシャ姿。

 身長は姉さんよりも一回り大きい。

 スカートから覗く白くて長い脚は、芸術品のようであった。


 波瑠はるさんは姉さんの友達だ。


 何度か家に来て話をしたことがあって、僕も面識がある。


 不思議な雰囲気を持っているけれど、優しい人なのだ。


「弟くん、遅くなったけど入学おめでとう。こんなに可愛い後輩ができて、私も嬉しく思うわ」


 少しだけ口角を上げて微笑む波瑠はるさん。


 可愛い、と言われるのは僕にとってタブーの一つではあるのだが、波瑠はるさんが言ってくれると悪口だとは思わなくなるから不思議だ。


「ちょっと、誰? この人」


 僕に耳打ちするように、不審げに波瑠はるさんを見ながら尋ねてくる華恋かれんだったが、その質問に答えたのは僕ではなく、腕を組んだまま楽しそうに微笑む波瑠はるさんだった。


「おはよう、可愛い新入生さん。私は仁科にしな波瑠はるよ。あなたの名前も、教えてくれないかしら?」


「……明坂あけさか華恋かれんです」


 警戒心むき出しの猫のように、僕の背中に隠れるようにして名乗る華恋かれん


 意外と人見知り体質なのだ。


 しかし、そんな態度の華恋かれんにも、波瑠はるさんは微笑を崩さないまま話を続ける。


「私、この日暮ひぐれ高校の副会長なの。よろしくね、華恋かれんちゃん」


 自らの役職も名乗った波瑠はるさんは、華恋かれんから僕の姉さんに視線を変えた。


「ちなみに、弟くんの隣にいるこの子が、この学校の生徒会長よ。あんまり頼りになりそうにないけど、仕事はきっちりやってるわ」


「え~、酷いよ波瑠はるちゃん、私だってちゃんとお仕事してるもん!」


「はいはい」


 姉さんが異議を申し立てても、波瑠はるさんは涼しい顔で軽く受け流す。


「でも、弟くんも高校生なのね。制服姿もなかなか似合ってて、とってもいい男」


 まるで僕を吟味するような眼差しが少し気になってしまうが、まぁ、大した意味はないだろう。


「これは、毎日抱きしめたくなる紗愛さらの気持ちも、分からなくはないわね」


 ……おいっ。


 僕は情報の発生源と思われる姉さんを見ると、彼女は何故か「でしょ~!」と身体をくねくねさせて恥ずかしがっている。


 ああ、もう駄目だ、この姉さん。


 学校での姉さんの株価も、リーマンショック以来の大暴落を起こしてしまう日は近いかもしれない。


「あら、少し冗談が過ぎたかしら? いけないわ、弟くん。君をからかったつもりだったんだけど、君のお姉さんが餌に喰いついてしまったみたい」


 言葉とは裏腹に、波瑠はるさんは満足そうな笑みを浮かべている。


「だっ、抱きしめるって!? ちょっと、変なこと言わないでよ!?」


 そして、遅まきながら、僕の背中からひょいと顔を出している幼なじみが、先ほどの波瑠はるさんの発言に過剰な反応をみせる。



 すると、その瞬間――。



 波瑠はるさんに瞳に宿る光が、ほんの一瞬、キランッと光った……ような気がした。



「フフッ、そうね、これも青春だわ」


 まるで、新しい玩具を与えられた時のような顔で、華恋かれんのことを上から下までマジマジと見つめる。


「なっ、なんですか?」


「いやいや、楽しみは後にとっておくわ、華恋かれんちゃん。さてと、紗愛さら


 しかし、波瑠はるさんはすぐに姉さんへと視線を戻した。


「ん? 私?」


紗愛さらはこれからお仕事の時間。大好きな弟くんと別れを告げておきなさい」


「え~、もう少しゆっくりしてても大丈夫なはずだよ~?」


「いやいや、殊勝な生徒会長さんにはお仕事がいっぱいあるのよ。せっかく早く来てくれて、副会長の私も助かったと思っていたところなの。ひとまず、一度生徒会室によって、もう一度、今日の始業式の段取りを確認させて貰うわよ」


「ううっ~、鬼副会長~!」


「鬼で結構。生徒のために粉骨砕身で働くのが、我が日暮高校生徒会の教訓でしょ?」


 そう告げると、波瑠はるさんは姉さんの腕を絡めて無理やり引っ張っていく。


「うわ~ん、りくくん~!」


 まるで今生の別れを拒むように引っ張られていく姉さんを見送っていると、姉さんには分からないように、僕にウインクをしてくる波瑠はるさん。


「……ほんっと、変な人ばっかり。りくの知り合いは」


 だから、何故僕のせいする。


 それに、波瑠はるさんはどちらかと言えば僕の知り合いの中では常識人なんだけどな。


「ふ~ん、庇うんだ、あの人のこと」


「いや、別に庇うって訳じゃないけど……」


「……そう、ならいいけど」


 フンッ、と首を振って素っ気ない態度をとる華恋かれん


 どうやら、今日は華恋のことを怒らせてしまう厄日らしい。しばらくは大人しくしておこう。


 たしか、校舎の前にクラス発表の紙が貼られていると、学校から送られてきたプリントには記載していたはずだ。


 しかし、華恋かれんと一緒に自分のクラスを確認しに行こうと思ったところで、異変に気付く。


 ヒソヒソと。

 僕たちをチラチラ見ながら、周りの人間が囁く。



 ――さっきの人たち、すげー美人だったな?


 ――知らねーの? 天海あまみ紗愛さらさんと仁科にしな波瑠はるさん。ここの生徒会長と副会長だぜ。


 ――マジで!? オレ、生徒会入ろうっかなー。


 ――ってことは、その人たちと喋っていたあいつらって、何者?



 ……少し、目立ち過ぎたか。


華恋かれん、行こう」


「……りく?」


 僕は華恋かれんの返事を待たずに、校舎を目指して歩き出す。



 まるで、その場から逃げるように。

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