第10話 甘すぎる僕のお姉ちゃんとの夢


 僕と華恋かれんが『ラブリーキャット』を後にして、自分たちのマンションに帰ってきたのは、午後2時くらいだ。


 しーん、と静まり返ったリビングに入ると、昼食用に姉さんがご飯を用意してくれていた。僕が家から出たあとに急いで準備したのかもしれない。


 メニューは昨日の残りの生姜焼きで、『温めてたべてね、りくくん』と、自分の顔をSD化させたメモと共に記されていた。


 僕のお腹はすでに満腹を示すメーターを表示していたけれど、レンジで温めてちゃんと食べた。


 別に、理由を離せば姉さんも文句は言わないだろうけれど、なんというか、せっかく用意して貰っていたのに口をつけないのは申し訳ない気持ちになってしまうじゃないか。


 こんなことに、特に深い意味はない。


 姉さんが作ってくれた生姜焼きは相変わらず美味しくて、満腹を訴える身体でもすぐに平らげることができた。


 誰もいないリビングで「ごちそうさま」と呟き、リビングでだらだらと時間を過ごす。


 お昼のワイドショーで、芸能人の熱愛を大袈裟にリポートする様子を見ていると、瞼が少しずつ落ちてくるのがわかった。


 あー、自分の部屋のベッドへ行かなくちゃ。


 そんなことを思ったときにはもう、僕の意識は深い眠りの中にいた。



 ☆ ☆ ☆



 ――りくくん。



 目の前に、姉さんがいた。


 でも、ちょっとだけ違和感がある。


 何故だろう?


 そう思って、姉さんの全身を見ると、なるほどすぐに納得できた。


 姉さんは、中学生の頃の制服をきていた。


 黒い上着に、チェック柄のスカート。


 今の日暮ひぐれ高校の赤を基調とした制服とは違う、地味目な色合い。


 そして、少しだけ幼さの残っている姉さんの笑顔。



 ――りくくん、お姉ちゃんはね……。



 声は聴こえないけど、唇の動きだけでなんとか読み取る。


 ああ、そうだ。


 僕は、このときの姉さんと出会ったときに――。


 ☆ ☆ ☆


「おねえ……ちゃん」


 ぼんやりとした頭で、姉さんを呼ぶ。


 駄目だ、まだ夢の中にいるような、ふわふわした感覚が……。


「は~い! お姉ちゃんだよぉ~! ふわぁ! りくくんの寝言で私のこと呼んでくれたよ~~!!」


「うわあああああああああああっ!」


 一気に吹き飛びました。


 ソファから飛び起きて広がっていた光景は、僕にスマホのカメラをこちらに向けて、よだれを垂らしただらしない顔になっている姉さんの姿だった。


 そして、そのスマホからは「バシャ、バシャ」と音が漏れている。


「な、なにやってんだよ姉さん!!」


「だって! だってこんなに可愛いりくくんの寝顔だよ~! 写真に残さないほうが失礼だよ~!」


 興奮冷めやらぬと言った感じで、ずっと撮影会を続ける姉さん。


「も、もう! やめてってば!」


 僕が(色んな意味で)泣きそうになりながら訴えると、姉さんもニコニコ満点スマイルで「ううっ、残念……」と撮影をやめてくれた。


 全く、油断も隙も無い。


「あっ、そうそう。りくくん、寝顔は可愛かったけど、テレビを点けたままだったのはダーメだよっ。今度寝るときはちゃんとテレビを消してから自分の部屋で風邪ひかないように温かくして寝ること。分かった?」


 窓から見える外の景色をみると、もう夕日も落ちて夜になっていた。


「えっ? ああ……そっか、僕、そのまま寝ちゃったんだ……」


「きっと、初めての学校で疲れちゃったんだね。よしよし~」


 姉さんは、僕の頭をゆっくりと撫でたあと、立ち上がって僕に告げる。


「待っててね。もうすぐ夕飯、できるから」


 姉さんは、朝と同じピンクのエプロンをかけている。


 そして、鼻唄を歌いながらキッチンへと戻っていった。


 姉さんは、いつも楽しそうに料理を作る。


 キッチンでニコニコと笑っている姉さんを見ていると、その視線に気が付いたのか、姉さんは僕に向かって優しく微笑んでくれた。


「あっ、りくくん。さっき、私のこと……お姉ちゃん、って言ってなかった?」


 ドキリ、として、僕はすぐにまくし立てる。


「いっ、言ってないよ! 聞き間違いじゃないかな?」


「そっか」


 姉さんにしては珍しく、それ以上は追及してこなかった。


 それでも僕は、なんだかまた恥ずかしくなって顔を背けてしまう。


 慌ててテレビをつけた僕は、見たくもない夜のニュース番組を何も考えずに視聴し始めたのだった。


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