第11話 甘すぎる僕のお姉ちゃんとの策略


 僕が見ていたニュース番組が終わったタイミングで、姉さんの調理も終わったようだった。


 姉さんが作ってくれた晩御飯は、ハンバーグだ。


「今日は入学祝いだからね~!」


 ハンバーグは僕が大好きなメニューで、姉さんは祝い事があると、何かとハンバーグを作ってしまう。


 ちなみに、僕がハンバーグが好きだと伝えたのは小学生の頃の話である。


 今は嫌いではないけれど、特別好きだというわけでもない。


 ほかにも、オムライスやナポリタンといったものも、姉さんの中では『僕の大好物』としてリストアップされているのだが、残念ながらそのリストは一度も更新されていない。


 正直に言って、僕はこういう子供っぽいメニューから早く卒業したい。


 いや、さすがに自意識過剰なのはわかっているのだが、僕みたいな見た目が未だ子供っぽい人間にとっては、やっぱり気にしてしまうのだ。


 僕は何度も、そのことを姉さんに言おうとするのだが……。


「いっぱい食べてね、りくくん」


 キラキラと、優しい笑みを浮かべながら、そう告げる姉さん。


「……うん。いただきます」


 そんな姉さんを見てしまうと、つい口を噤んでしまう。


 我ながら情けないとは思うけれど、別にハンバーグが嫌いになったわけでもないので、そのままズルズルとこの問題を先延ばしにしてしまっているのだ。


「ねえ、美味しい?」


「うん、美味しいよ」


 僕がそう呟くと、また姉さんは嬉しそうに笑ってくれる。


 姉さんの作る料理は、なんでも美味しい。


 今日のハンバーグだって、食べた瞬間に肉汁が溢れだしてきて、一緒に食べるご飯が三倍増しで美味しくなってしまう。


「ふふっ、やったぁ~! またりくくんに褒めてもらえるように、お姉ちゃん頑張らなくちゃ!」


 全く、過保護じゃなかったら、普通の優しい姉さんなんだけどね。


 そんなことを思って箸を進めていくと、あっという間にお茶碗のご飯がなくなる。


「あっ、おかわりもあるよ。ちょっと待っててね」


 そう言って、姉さんは僕からお茶碗を取って炊飯器があるキッチンへと向かう。


 おかわりもちゃんとしているのに、どうして僕の身長は未だに伸び悩んでいるのか甚だ疑問である。


 でも、これだけお腹が空くということは、まだまだ僕も成長期なのだろう。


 身長が伸びる可能性は、まだまだ健在だ。


 そんな野望を抱いていると、おかわりを持ってきてくれた姉さんが僕に話しかけてきた。


「あっ、そういえば。りくくんは部活はどうするか決めた?」


「部活?」


「うん、りくくん。中学校の頃は何も部活してなかったけど、やりたい部活とかあるのかな~って思って」


 興味深々といった感じで聞いてくる姉さんに対して、僕は曖昧な返事だけをする。


「いや、別にないかな……やりたいこともないし……」


「ふ~ん、そっかそっか~。そっかそっかそっかそっか~」


「……姉さん?」



 そういって、笑顔を絶やさない姉さん。


 嫌な予感が、僕の全身を包み込む。


 普段と変わらない表情が、今は逆に怖い。


りくくん!」


「はっ、はい!」



「あなたを、日暮ひぐれ高校の生徒会補佐係として任命します!」



「はっ、はいっ!?!?」


 突然の宣告に、驚きを隠せない僕。


 しかし、そんなことは一切気にすることなく、姉さんは話を続けた。


「えっと……私ね、ずっとずっと、りくくんと傍にいたいの。でも、ごめんね。お姉ちゃん、学年が違うから、りくくんと一緒に授業は受けられないの……」


 うん、そうだね。でも、姉さん。それは当たり前のことだよ?


「それでね、波瑠はるちゃんに相談したの。『もっとりくくんと一緒にいたいんだけど、どうしたらいい?』って……」


 ごめんなさい、波瑠はるさん。


 姉さんのどうでもいい話に付き合わせちゃって。


 僕は弟として、頭の中で波瑠さんに謝罪の言葉を述べた。


「そしたらね、『紗愛さらが二年留年するしかないわ』って言われちゃった」


 あ~、波瑠はるさん。あまり本気で相手にしていないっぽいな。


「まぁ、それもアリかなぁって考えたんだけど……」


「考えたの!?」


 やめて。


 弟と一緒にいたいからって、二年も留年するなんて前代未聞だよ。


「でも、ちょっとそこまでしちゃったら色んな人に迷惑かけちゃうかなって……」


 良かった。


 姉さんが最低限の常識を持っていて本当に良かった。


「でね、波瑠はるちゃんが『ずっと一緒は無理だけど、りくくんを生徒会に呼べば?』って言ってくれて、それだ! って思ったの!」


 子供のような無邪気な笑顔を浮かべて、姉さんは語る。


りくくんが生徒会に入ってくれたら、放課後もりくくんとあんなことやこんなことができるでしょ? お姉ちゃん、考えちゃうだけで、はわわっ~~!」


 両手で頬を触りながら、ブンブンと首を振る姉さん。


 栗色くりいろの髪が、飛び回る龍のように激しく暴れる。


 あの……どんな想像をしているんでしょうか?


 念のため確認するけど、生徒会の仕事の話ですよね?


「うん! そうだよ~! ふふふふふ~」


 一体、姉さんの頭の中でどんな展開が起こっているのだろう。


 なんだか、倫理的にまずいことが起こっているような気がする。


「いや……僕なんかが生徒会に入るのはまずいよ……」


「ええっ!? そっ、そんなことないよ~! りくくんが来てくれたら、お姉ちゃん、もっと頑張れるよ?」


 うん、別のベクトルで頑張っちゃうよね、姉さんは。


 主に、僕のために。


波瑠はるちゃんや、他の子たちも、男の子が来てくれたら助かるんだけど……」


「えっ、男子いないの?」


「うん。だからね、いつも私が陸くんの話をしたら『いい弟さんですね!』って言ってくれて、みんなりくくんに会いたがってたの」


「へ、へぇー」


「みんな、りくくんのこと、ぎゅ~ってしたいって」


「どんな話をしたっ!?」


 やっぱりおかしな方向に話がいってるじゃないか!?


 ああ……せめて波瑠はるさんは僕のことを知っているのだから、止めてくれたっていいのに……。


 ただ、今の姉さんの話を聞いたことで分かったことがある。


 僕が生徒会に入ったら、絶対に上級生の女子生徒の皆さんに弄ばれる。


 ヤダ。絶対にヤダ。


「……嫌だ。僕は生徒会には入らない」


「えー! ど、どうして!?」


 どうして、と言われれば、姉さんの手が回った生徒会に入りたくないってことなんだけれど、それをストレートに伝えても、きっと姉さんは分かってくれない。


「お姉ちゃん、もっとりくくんの制服姿みたいの! それでね、学校でもね、一緒にお弁当食べてね、『あ~ん』とかしてあげたいの!」


「それ生徒会関係ないよね!?」


 マズい、僕の姉が暴走を始めている。


 とにかく、今のうちに姉さんが納得する、僕が生徒会に入らない理由を考えなくては……。


「……僕、バイトでも始めようと思うんだ。ほら、社会経験も兼ねて働きたいっていうか」


「りっ、りくくんが働くなんて駄目!!」


 バンッ、と机を両手で叩いて姉さんは立ち上がった。


「ひっ!」と、僕も思わず情けない声を出してしまったけれど、姉さんは凄い剣幕でまくし立てる。


「働くなんて絶対ダメ! 陸くんはまだ高校生なんだよ?」


「いや、でもバイトくらいなら他の人もやってると思うし、普通だと思うんだけど……」


 しかし、姉さんは何故か顔を真っ赤にしながら、くねくねと身体を動かし始める。


「そっ、それにね……。バイト先には、大人の人も沢山いるでしょ? そ、それで、りくくんは可愛いから、年上の女の子が近づいてきて、へっ、変なことされちゃうかも!」


「されないよ! 考えすぎ!!」


「だっ、だって! 波瑠はるちゃんと一緒に見た映画で、そういうシーンがあったもん!」


 波瑠はるさーん! なんてものを姉さんと一緒に観てるんだよー!


「わっ、私、りくくんを汚されたくないもんっ!」


「ちょ、姉さん! フィクションだから。そういうのはフィクションだから!!」


「駄目! 駄目駄目駄目駄目ぜ~ったい駄目! りくくんのことは誰にも渡さないもんっ! りくくんは私のりくくんだもんっ!」


 今にも泣きそうな顔で姉さんは僕に訴えかける。


 せっかく綺麗に流れていた栗色の髪も、姉さんの激しい動きに耐えられなかったのかボサボサになってしまっている。


「……姉さん、落ち着いて、ね?」


「……ううっ」


 一体、妄想の中で僕がどんな目に遭わされてるのか分からなかったけれど、とりあえず、今のままの姉さんにしておくわけにもいかないので、僕は宣言した。


「バイトは……しないことにする」


「ほ、本当っ!? だったら……」


「でっ、でも、生徒会に入るかどうかは別!! 少し……考えさせて……」


 僕がそう訴えかけると、姉さんはしょんぼりとした顔を浮かべてはいたものの、最後には首を縦に動かしてくれた。


「う、うん。りくくんがそう言うなら……」


 そして、この場では納得してくれたようで、それ以上話が広がることはなく、姉さんは残りのハンバーグに手を付け始めた。



 ふぅ。ひとまず、執行猶予は貰えたようだ。


 だが、この事態をなんとかするのは、少々骨が折れそうだった。

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