第26話 人見知りな僕の先輩と緊張のサプライズ

 放課後、僕は昨日連れてこられた人形演劇部の部室の前にいた。


しおさん、いるっぽいな……」


 先ほどから、扉の奥で人の気配がする。


 部員は現在、僕としおさんだけなので、他の人ということはないだろう。


「……さすがに、初日から人形は持ってこないほうがよかったかな」


 僕はいつもより膨れ上がった鞄に手を突っ込んで、例の物を取り出す。



 ――はい! これがりくくんにはぴったりだと思うよ!



 そういって、昨日の夜、姉さんに渡された猫のパペット人形を見つめる。


 茶色の縞模様が入った、目つきの悪い猫の人形だった。


 なぜこれが僕にぴったりなのか全然わからないのだけれど、まぁ、姉さんが言うのなら間違いはないのだろう。


 もしくは、姉さんの趣味なのかもしれない。


 名前は『ニャン太郎』というらしい。


 姉さんのネーミングセンスは、弟の僕からしてもどうかと思う。


 せめて、キャラ付けくらい僕がやってあげよう。


 そうだな……ブルースさんの舎弟あたりの立ち位置にさせよう。


 そんな謎設定をいくつも考えているとキリがないので、僕は『ニャン太郎』を雑に鞄の中にしまって、ついに扉に手を掛けた。


 そして、部室のドアを開けた瞬間――。



 バアアアアアンンッ!!



「わああああああああああああっ!」


 僕の目の前で、爆発が起こった。


 鼓膜が破れるんじゃないかと思う爆音。


 気が付けば僕は、紙吹雪が舞う部室の中を呆然と突っ立っていた。



『ウェルカム トゥ ブラザー! オレ様たちからの祝砲だぜ、ヒャッハー!』



 そして、僕の目の前には、右手にブルースさんを付けたしおさんが、ドデカいクラッカーを持って立っていた。


 どうやら、先ほどの爆音はこのクラッカーが原因だったらしい。


「な、な、な! なんですか、これ!?」


 僕は自分の頭にかかったリボンを払いのけながら、器用にブルースさんを動かして拍手をしているしおさんに向かって質問するが、例のごとく返事をするのはブルースさんだった。


『兄弟も正式に今日からオレ様たちの仲間だからな! 派手にパーティを開いてやろうと思ってな!』


 そう言ったブルースさんたちの机の前には、昨日とは違い、綺麗にテーブルクロスをかけられていた。


 そして、その上には西洋風のお皿にスナック菓子が並べられている。


 ただ、これはあくまで驚きの一割ほどしか占めていない。


 なにより、一番目立つのは、天井から掲げられた看板だ。



天海あまみりくくん! 人形演劇部へようこそ!』



 画用紙や色紙を惜しみもなく使ったであろう、手作り感あふれる看板だった。


 素人が見ても、かなりクオリティが高い。


しおさん……これ、一人で作ったんですか?」


 汐さんは僕の質問に対して、初めはブルースさんを動かそうと右手を上げようとした。


 でも、少しだけ迷ったように俯いたあと、小さくコクンと頷いた。


 見れば、眼鏡の奥に隠れる瞳の下に、少し隈ができていた。


 まさか、僕のために徹夜でこの看板を用意してくれたのだろうか?


「       !」


 汐さんの口が少しだけ動く。


 毎度のことながら、何を言っているのか上手く聞き取れない。


 でも――


「め わく、 った?」


 微かに聞き取れる、しおさんの声。


 潤む瞳が、僕の姿を映す。


 さすがに、鈍感な僕でも、彼女の気持ちは理解できた。


「迷惑なんかじゃないですよ、先輩」


「!!」


 僕はしおさん……に向かって、告げる。


「ありがとうございます。こういう風に誰かに歓迎されることって慣れてなくて、上手くリアクションは出来なかったかもしれないですけど」


 そう告げると、しお先輩は首をブンブンと振る。


 そして、恥ずかしそうに今度こそブルースを上げて、彼が喋る。


『「喜んでくれて、嬉しいです」だとよ……』


 前髪を触りながら、しお先輩はちょっとだけ口角を上げていた。


 どうやら、緊張していたのは僕だけじゃなかったようだ。


 まさか、こんなサプライズを用意しているなんて思ってなかったけれど。


「凄いですね先輩。これ、一人で準備したんですか」


『何言ってやがる! オレ様も一緒にやったっつーの!』


 そうだった。僕には先輩が二人いるんだった。


『いいか、甘やかすのは今日だけだからな! これからはちゃんとオレ様の言うこと聞いてビシバシ働けよ!』


 でも『先輩』と呼ぶのは、汐先輩だけにしよう。


 ブルースさんは、先輩というよりも兄貴って感じだし。


『んじゃ、さっさとパーティ始めようぜ! 兄弟は何飲むんだ? 麦茶か? オレンジジュースか?』


 いつもなら、コーヒーでも注文するんだろうが、生憎と用意はされてなかったみたいなので、オレンジジュースにすることにした。


 さすがに、この時はしお先輩も左手で麦茶の入ったコップを持っただけで、ブルースさんの分は手に持たなかった。


『こほん、それじゃあ改めて兄弟の入部を祝って……!』


 そんなブルースさんが、祝杯の音頭を取った、



 その時だった。



「ちょっと待ったーー!!」



 突然、女の子の声が部室に響き渡った。


 果たして、その正体は――。



「あっ、あたしも入部させてもらうんだからねっ!」



 赤色の髪を結わえた、僕の幼なじみだった。

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