第3話  甘すぎる僕のお姉ちゃんとの登校

「さぁ、りくくん! 一緒に学校に行くよ!」


 学生指定の鞄を持って、赤いブレザー姿になった姉さんが玄関の前でそう告げた。


 そんな姉さんに、僕は真剣な表情で話す。


「……姉さん、さすがに一緒に登校するのは、止めておこうと思うんだ」


「えっ? えええええっ!?」


 そう言うと、姉さんは地球に隕石が落ちてきて人類が滅亡すると聞かされた人間のような表情で僕を問い詰める。


「やっ、やだよ~! お姉ちゃん! りくくんと一緒に学校に行けること、すっごく楽しみにしてたんだよっ!」


 うるうると瞳を潤ませる姉さんを見てると、決心が鈍りそうになってしまいそうだったが、ここは心を鬼にして反抗することにした。


「いや、姉さんって学校でも有名人だろ? そしたら、その……僕も目立つから、最初からあんまりそういう風になりたくないっていうか……」


 僕の姉さんは、今日から僕が通う公立こうりつ日暮ひぐれ高校の生徒会長である。


 普段のちょっとアレな姉さんだが、外では才色兼備として名が通っている姉さんの名を知らない生徒はいないとまで言われるほどの有名人だ。


 もちろん、そんな姉さんの弟として、同じ高校に入ってしまった以上、色眼鏡で見られてしまうことは仕方がない。


 だが、僕に甘々な姉さんの姿を、他の生徒が見たらどう思うだろうか?


 ……普通にドン引かれるよな、絶対に。


 僕のせいで姉さんの評判が下がってしまうのは何としても避けたい。


 そして、僕も変な目で見られるのも嫌だ。


 いずれは、僕が姉さんの弟だってバレる日がくるだろうけど、まずは姉さんと僕が『普通』の姉弟だと思ってもらえるまでは、学校での交流は避けておきたい。


「ほら、僕と姉さんが本当の姉弟じゃないって言ったら……、変な詮索をされるのかもしれないし……」


 姉さんは、僕に対しての行動以外は、常識を弁えている。


 これだけ理屈を並べれば、姉さんも分かってくれるはず。


「そ、そうかも、しれないね……」


 予想通り、姉さんは最後まで僕の話を聞くと、少し顔を逸らして納得したような返事をした。


「うん。りくくんの言うことも、すっごく分かる。ごめんね、お姉ちゃん、そこまで気が回らなかったよ」


 しゅん、と項垂れる姉さんの姿を見ると、ちょっと申し訳ない気分になったけれど、了承してくれた姉さんのためにも、ここで前言撤回するわけにはいかない。


「じゃあ、先にりくくんがお家を出たほうがいいかな? 遅刻しちゃ駄目だもんね」


 そういえば、今日は姉さんたち上級生の登校時間は少し遅いんだっけ?


 だとしたら、尚更姉さんと一緒に登校したら目立ってしまうところだった。


 三年生である姉さんの姿をまだ知らない新入生たちが見ても、美人である姉さんのことは、すぐに目がいってしまうだろうし……。


 一応、姉さんが美人だという評価は、決して僕の判断ではなく、世間一般から見た評価であると断言しておこう。


 決して、僕の独断による評価ではないので悪しからず。


「うん、分かったよ。それじゃあ、姉さん……」


 僕は姉さんがいる玄関を通り過ぎて、ドアを開けようとしたところで……。


「ちょ、ちょっと待て! りくくん!」


 姉さんは僕の制服を握って、上目遣いでこう言った。


「いっ、行ってきますの、ぎゅ~はしてもいいよね! いいよねっ!?」


「駄目だよっ!」


 それは、さっきベッドの上で散々……って、いや! 決して変な意味ではなく!!


「そんなぁ~。お姉ちゃん、まだりくくん成分が足りないんだよ~……」


 なんだ、その成分は? 多分、一生学術的な根拠は得られないことだろう。


 こんな姉さんを何とか説得しつつ、僕は抱擁を免れて自分の家から飛び出した。


 不満そうに「ううっ~」と項垂れる姉さんの声が、やけに耳に残ってしまった。


 ……大丈夫かな、僕の高校生活。


 そんな不安を抱きながらも、なんとか幸先が良いスタートは切ることができた。



 しかし、そんな僕の予感は、残念ながら外れてしまっていたことが分かってしまう。

 それも、もの凄く早い段階で。


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