第53話 人形劇『ブレーメンの音楽隊』

「それでは、日暮ひぐれ高校人形演劇部のお兄ちゃんとお姉ちゃんたちが、みんなに素敵な人形劇を披露してくれるよ~。おしゃべりしないで、いい子で鑑賞しましょう~」


 職員のお姉さんのアナウンスに、集まった子供たちは『は~い!』と元気よく返事をする。残念ながら、僕からはその子供たちの背中しか見えないけれど、不思議なことに楽しみにしてくれている様子がひしひしと伝わってきた。


 パソコンには、華恋かれんたちが用意した人形劇の舞台の映像が映っている。


 全体が見えるように、しお先輩が設置したスマホから部隊の映像を送ってくれているのだ。


 そして、子供たちが静かになったところで、パソコンから華恋かれんの声が聞こえてきた。


りく、それじゃあ、お願い』


 華恋かれんの声は、僕が想像していたよりずっと落ち着いているように聞こえた。


「了解」


 僕は頷いて自分のパソコンを操作し、ソフトで管理しているトラックの中から曲を選択する。


 すると、公民館の舞台でもゆるやかなBGMが流れて、それに子供たちが「わぁ!」と小さな声で反応する。


 そして、舞台の下から、ゆっくりとロバのパペットと、そのロバの飼い主である人間のパペットが現れた。


 子供たちも、人形が現れたことで一斉に視線をそちらのほうへと向けた。


 残念ながら、その子供たちの顔は僕の見ている映像からは見えないけれど、きっと、これから何が始まるのかとワクワクしながら見てくれているに違いない。


 そう信じて、僕はBGMに乗せるように、最初のナレーションを読み上げた。


☆ ☆ ☆


 ――ブレーメンの、音楽隊。


 ――むかし、むかし。


 ――あるところに、1匹の年を取ったロバがいました。


 ――重い荷物を運べなくなったロバは、主人に売り飛ばされそうになったロバは、馬小屋を逃げ出しました。



『ブレーメンに行って、音楽隊に入れてもらおう』


 

 ロバになりきったしお先輩の声がそう告げると、ロバはとことこと舞台を歩くようにして先へ進む。


 すると、次は道に横たえた犬のパペットが姿を現した。



『オレはもう、歳をとってしまってご主人様と一緒に狩りができなくなったんだ』



 ブルースさんの姿で、だけど、声はしわがれてしまい、いつもの覇気のある姿はどこにもない。


 さすが、しお先輩だと、練習で何度も一緒に合わせたのに、やはりしお先輩の演技には感心させられてしまう。


 同時にパペット人形を操っているはずなのに、動きも演技もまるで別のひとがやっているように見える。


 そして、ロバの声で、しお先輩が告げる。



『それなら、私と一緒にブレーメンへ行きましょう』



 ――イヌは喜んでロバに付いていきブレーメンを目指すことにしました。


 ――そして、ロバとイヌが川の近くまでやってくると、ずぶ濡れになっているネコと出会いました。



『わたしは、ネズミが捕れなくなってしまって、ご主人様に川に落とされてしまったの』



 華恋かれんの動かすネコが、寒さに震えるようにして、そう告げた。


 はきはきとした、でもそれでいて哀愁が感じるような、見事な声色だった。



『それなら、私たちと一緒にブレーメンへ行きましょう』



 ――ネコは喜んでロバとイヌと一緒に、ブレーメンを目指すことにしました。


 ――そして、ロバとイヌとネコが歩いていると、ニワトリが大きな声で泣いていました。



『歳を取ってからは、毎日朝寝坊ばかり……役立たずの自分が、情けない……』



『それなら、私たちと一緒にブレーメンへ行きましょう』



 ――こうして、ロバとイヌとネコとニワトリは、ブレーメンを目指して歩き続けました。



 僕が見ている画面では、特に何も問題なく舞台は進行していっている。


 子供たちも、おそらく有名な童話なので内容は知っていると思うのだが、みんな息を潜ませながらじっと舞台のほうに身体を預けていた。


 本来なら、僕がせっせと動かす舞台の背景も、きっと波留はるさんが全部やってくれているのだろう。


 そして、そんな波留はるさんに与えられた、重要な役割である泥棒たちが登場する。



『ヒッヒッヒッ、今日もご馳走にありつけましたな、姐さん!』


『よっし~! 明日も盗んで盗んで盗みまくりな!』 



 はっはっはっはっ、と波留はるさんの高笑いが舞台の上で木霊する。


 本当は、僕がやる予定だった泥棒の親分は中年男性のはずだったのだが、しお先輩が機転を利かせて、女性のパペットを用意してアレンジを加えてくれたようだ。


 それが功を奏したのか、波留はるさんの演技もなかなか迫力があるものになっていた。


 なんて、僕も関心をしている場合じゃない。


 ここからが、ブレーメンの音楽隊の一番の見せどころである。



『ねえねえ、あの人たちを驚かせて、なんとかご馳走を私たちが食べられないかな?』



 ――それなら、いい考えがあると、ロバは窓に近づいて、みんなに何かを話しました。


 ――すると、ロバの上にイヌが、イヌの上にネコが、ネコの上にニワトリが乗って、窓の前に立ちました。


 しお先輩や華恋かれんが動かす人形の前には、後ろから光が当たった白い紙が用意されていて、そこにくっきりと、4匹が重なったシルエットが浮かび上がる。


 そして、あの有名なシーン、ロバたちが泥棒を追い出すシーンが再現される。



『ヒヒー! ヒヒー!』


『わんわん!! わんわん!』


『にゃーん! にゃーん!』


『コケーココ!! コケーココ!!』



 華恋かれんしお先輩が発した声は、不協和音のように鳴り響き、そしてどこか、面白くも聞こえる声となっていた。


 しかし、食事を食べていた泥棒たちは、その大きな化け物のシルエットを見て、大慌てでご馳走を置いて家から出ていくのだった。



『おいしかったね~』


『うん、今日はもう、ゆっくり寝よう』



 ――こうして、ロバたちはお腹いっぱいになって寝てしまったのですが、家が静かになったことで様子を見に来ました。


 ――そして、泥棒の子分が火種に火をつけようと、マッチを取り出したのですが……。



『何するにゃあ!』



 ――なんと、それはネコの光る目だったのです。


 ――起こったネコは、泥棒たちを爪でひっかき、イヌはおしりを嚙み、ニワトリは目玉をつついて、最後はロバが泥棒たちを蹴り飛ばして、家から追い出しました。



『なんて家だ! もうあの家には近づきゃあしないよ!』



 ――こうして、ロバたちは泥棒を追い出しました。


 ――そして、この家を大変気に入ったロバたちは、ずっとここで暮らすことに決めたのです。



 僕がナレーションでそう告げると、この話を知っている子供たちからはパチパチと拍手の音が聞こえてきた。


 たしかに、絵本の『ブレーメンの音楽隊』は、これでハッピーエンドとなっておしまいだ。


 もちろん、僕たちの人形劇だって、その結末に変化はない。


 だけど、一つだけ、僕たちの人形劇でしか語られない言葉で、物語を締めくくった。




 ――ロバたちは、毎日に音楽を奏でて、とても楽しそうに暮らしました。



 ――彼らは、偶然途中で出会った動物たちだったのかもしれません。



 ――それでも、彼らの住む家を知っている人たちは彼らの事を『本当の家族』のようだと言いました。



 ――きっと、彼らは時間を共に過ごすことで『本当の家族』になることができたのでしょう。



 ――それが、彼らにとっては、ブレーメンで音楽隊になるよりも、ずっと価値があるものだったのかもしれません。




 それはまるで、僕が姉さんと過ごした時間と同じように。

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