第29話 甘すぎる僕のお姉ちゃんとの談話

「へぇ~、それで華恋かれんちゃんもりくくんと一緒に人形にんぎょう演劇えんげき部に入ることになったんだ」


「なっ、なんですか……。紗愛さらさんには関係ないでしょ?」


「そんなことないよ~。華恋かれんちゃんだって、私の可愛い妹みたいなものだもん~。りくくんと一緒にいてくれて嬉しいの」


「べっ、別に紗愛さらさんに妹と思われたって……、あっ、でも……もしかしたら将来は……! って、違うんだからね! りく!」


「なんで僕!?」


 突然話を振られて、思わず叫んでしまう。


 さっきから全く僕は会話に入っていなかったというのに、急に呼ばれても対処できない。


「……っていうか、姉さん。少しいいかな?」


「ん~? なあに? りくくん?」


 ぱっちりとした目を僕に向けながら首を傾げる姉さんに対して、僕は告げる。



「姉さん……なんで僕たちの部室にいるのさ……」



 そう、今は放課後であり、ここは人形演劇部の部室である。


 だというのに、僕の姉さんは、さも当たり前のようにゆっくりと寛いでいた。


「だって、りくくんに会いたかったから!」


 相も変わらず、理由が理由になっていなかった。


『まぁ、いいじゃねーか兄弟。あねさんなんだろ?』


「そうだよ~、私はりくくんのお姉ちゃんなので、部活動を頑張ってるりくくんを見に来ました~」


 はあい、と手をあげながらブルースさんの意見を肯定する姉さん。


 一方、しお先輩は姉さんの分を合わせた熱いお茶を用意して机に置いてくれた。


 部長にお茶汲みをさせるのはどうかと思ったが、まだ茶葉の保管場所も知らなかったので、今日だけはしお先輩に甘えてしまったことは許してほしい。


 この調子だと、汐先輩に色々と任せてしまうことになってしまう。


 なので、明日からは交代制にしようと固く誓った僕だった。


 あと、しお先輩はブルースさんを付けながらでも、色々と作業ができることが判明した。


 何気に凄い能力だ。


 しかししお先輩、普段の姉さんとのギャップに驚いたりしないのだろうか?


 と、少し考えてしまったけれど、思い出してみれば、しお先輩も姉さん甘々モードは以前の生徒会で目撃しているんだった。


 できれば、こうなった姉さんを見せるのは少人数にしておきたい。


「別にばれたって心配ないと思うけどね。紗愛さらさんなら上手くやるでしょ。今さらブラコンのレッテル貼られたって世間の目は変わんないわよ」


 ぼそっと、頬杖をつきながら華恋かれんが言った。


「そう! 華恋かれんちゃんの言う通りだよ! 私はりくくんが素敵な弟だってみんなにもっと広めるの!」


「お願いだから、そんな布教活動しないで!」


 僕はこの部室にいる全員に聞こえるくらいの盛大なため息をついた。


 そんな僕を見て、華恋かれんが告げる。


「むしろ、いい方向に考えなさいよ。ここに紗愛さらさんがいれば、あんたが紗愛さらさんを監視できるでしょ?」


 華恋かれんは退屈そうに、前にあったバケットからお気に入りのクッキーのお菓子を手にとって口に運ぶ。


「まぁ……そういう考えでいいの、かな?」


『いいんじゃねーの? 賑やかなほうが、オレ様は好きだぜ』


「わーい、ありがとね、ワンちゃん♪」


『ワンちゃんって言うな! オレ様はブルース様だって何回も言ってんだろ!』


 姉さんは、ブルースさんにも律儀に礼を告げたが、そのブルースさんは名前で呼ばれないことに少々不満を抱いていたようだった。


 だが、この前は形式的な挨拶だったけれど、今は生徒会長としての顔を出していないからなのか、少しだけフランクな口調で対話していた。


 しお先輩は、ちょっとだけ照れくさそうに顔を逸らしたけれど、最後はペコリと姉さんに向かってお辞儀をする。


 その後、しお先輩も席について、しばしの間、先輩とブルースさんの共同作業で淹れてくれたお茶をみんなで啜った。


 ここにいる全員が、この和やかな雰囲気を満喫している。


 このまま、僕たちは時間が過ぎるのをゆっくりと感じて――。



「いや、部活動!!」



 僕は一人立ち上がって、盛大に声をあげた。


 3人が3人とも「?」と首をかしげているところに、僕は容赦なく突っ込みをいれる!


「!?!?」


 僕の声に一番に反応したのがしお先輩に、僕は勢いそのままに捲し立てる。


「僕たち、これから部活動をしなくちゃいけないんですよ! このままのんびり過ごしてたらまずいですって!」


 そう告げると、しお先輩の瞼が、ピクッと動いた。


 そして、かああっ、と熱くなった顔を隠すように、ブルースさんを前に付きだして話し始める。


『「すみません、昔の部室に戻ったみたいで嬉しかったから、お菓子もいっぱい用意しちゃいました」だとよ』


 しお先輩は、チラリと机にあるお皿に綺麗に並べられたお菓子を一瞥した。


 なるほど、道理でしお先輩は給士が様になっている訳だ。


 しお先輩は、ついこの間までこうやって、僕が出会ったことのない先輩たちと何気ない時間を過ごしてきたのだろう。


 それは、きっとしお先輩にとっての大切な時間だったはずだ。


 だったら尚更、僕たちが頑張らないと。


「そうね、発表会だっけ? もう1ヶ月後にはあるんでしょ?」


 入部する前から、人形演劇部の事情を知っていた華恋かれんは僕に続いて相づちを打ってくれた。


 万が一の可能性として、華恋かれんが人形演劇部の活動より、大好きなお菓子を優先する可能性もあるのではないかと思っていたが杞憂だったようだ。


 根が真面目な華恋かれんは、ちゃんと部活の存続についても考えてくれていたらしい。


『おしっ、んじゃあ、古株のオレ様が色々と指導してやるぜ。いいか、兄弟? 嬢ちゃん?』


 やる気スイッチが入ったのか、ブルースさんの声もいつもより貫禄があるような感じがする。


「まぁ、それが妥当よね。宜しく、ブルース」


「宜しくお願いします、ブルースさん」


 華恋かれんの返事に合わせて、僕もブルースさんに頭を下げる。


「は~い、それじゃあ、りくくんと華恋かれんちゃんが使う人形はどれがいいかな~」


 姉さんも、満面の笑みでそう言って、僕たちの家にあった段ボール箱からパペット人形を吟味していた。


 まるでおもちゃ箱を漁っているような様子に、新鮮味を覚える僕。


 こんな姉さんの一面を見れたのも、僕がこの部活に入部したからだ。


 新しいことをすれば、新しい発見が見つかる。


 そんな当たり前のことでも、なんだか楽しい気分になってしまう自分がいた。


 ……ただ、どうしても僕は、突っ込まなくてはいけない場面だったので、彼女に告げた。


「姉さん……、いつの間に部室に家の荷物持ってきたの?」


「ん~?」


 姉さんは笑顔でいるだけで、なにも答えなかった。


 よし、しお先輩に頼んで、これからの部室の施錠はきっちりと管理してもらうことにしよう。


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