第二章 お姉ちゃんと僕と部活動

第16話 甘すぎる僕のお姉ちゃんとの距離

 僕が日暮ひぐれ高校に通い、はや一週間が経過していた。


 何か変わったことがあったのか、と聞かれてしまうと残念ながら僕の生活は、何一つ変わっていない。


 もちろん、姉さんとの関係も同じ。


 朝起きようとしたら、姉さんがベッドの中に入っていたり。


 僕の制服姿を朝から何度もスマホで撮影したり。


 お風呂に一緒に入りたがったり。


 そんな姉さんを相手にするのも、僕の日常生活の一環だ。



「はぁ~~~~~~~~~~」


「うるさいわね、ため息は幸せが逃げるわよ」


 昼休み。


 机につっぷしてる僕に対して、華恋かれんがパックジュースを飲みながら適当にあしらってくる。


「どうせ、また『姉さんが僕を子供扱いする~』とかで、悩んでるんでしょ」


 さすが幼なじみ。


 よくわかっていらっしゃる。


 他のクラスメイト達が、スマホでみつけた面白動画を見て盛り上がっている中、教室の端で大人しくしている僕たち。


 華恋かれんはともかく、僕は完全に中学時代と同様、友達グループの輪に入るのを出遅れてしまった。


 おかげで、華々しい高校生活なんてあったもんじゃない。


 だが、それよりも深刻なのは、全く成長しない姉さんとの距離感だ。


「なぁ、華恋かれん。僕、どうしたら姉さんに子供だって思われないかな?」


「うーん、身長伸ばすとか?」


 それができたら苦労しないよ。


 僕だって好きで150cm(くらい)で止まっているわけじゃない。


「そういうのじゃなくて、こう……精神面で大人だってわかってくれたら、姉さんもある程度、距離を離してくれるんじゃないかな?」


 姉さんが僕に構うのは、おそらく、まだ姉としての責務を果たそうとしているのだろう。


 結果、姉さんは僕を目いっぱい甘やかす。


 それ自体は、姉さんの優しさであることは重々わかってはいる。


 だけど、いつまでも姉さんに甘えているわけにはいかないのだ。


「精神面……ね」


 じゅるるー、と今までよりも早いペースでパックジュースを飲んだ華恋かれんは、僕から視線を外して、ぼそりと呟く。


「か……彼女、とか……つくればいいじゃない?」


「ん?」


「だっ! だから! りくに、その……付き合ってる子がいれば、少しは大人になったと思ってくれるんじゃない、かな?」


「彼女か……」


 たしかに、華恋かれんのいうことはもっともかもしれない。


 だが……。


「無理だよ……彼女どころか、友達だって華恋かれんくらいしかいない僕にそんなハードルの高いことができるわけないだろ?」


 恋人ができるなんて、僕の身長が180cmのモデル級になるくらいありえない。


 自分で言ってて悲しくなるけれど、それがこの世の現実だ。


「で、でも……意外と、身近にいたり? 案外、自分が気づいてないだけとか……」


 なんだ? 今日の華恋かれんはやけに歯切れが悪い。


 一体どうしたのかと、逡巡する僕。



 身近にいる人……。



 ずっと僕の傍にいてくれた人って……



「あっ!」


 と、僕はある可能性に気付いてしまう。


 少し声を上げてしまったからなのか、座っていた華恋かれんがビクンッと反応していた。


「もしかして、華恋かれん……」


「なっ、なによ……」


 僕はゆっくりと、彼女に告げる。


「えっとね、波瑠はるさんは確かに美人だし優しいけど、多分僕が姉さんの弟だから構ってくれているだけで、華恋の思っている恋愛感情は皆無だと思うんだ」


 波瑠はるさんとは、入学式にも会った生徒会の副会長だ。


 生徒会長である姉さんとの関係で、僕も少し彼女と交流があるのだが、彼女と恋仲になるなど、僕のような人間では断じて成立しない。


「は、はあっ?」


 しかし、華恋かれんがものすっごくキョトンとした表情になってしまった。


「あれ? 僕、てっきり華恋かれんが、波瑠はるさんのことを言ってるのかと……」


 入学式では、華恋かれんも会っていたのでてっきり、波瑠はるさんのことを言ってるのだと思ったのだが……。


「ち、違うわよ! なんであたしが、あのちょっと美人だからってりくに近づいて変なことをしようとした奴のことなんか話さないといけないのよ!」


 ふむ。どうやら、僕の的は外れてしまったらしい。


 えっと、でも、だとしたら残っているのは……。


 ああ! あの人か!


「もしかして、ニコさんのこと? でも、ニコさんはアイドル的な可愛さがあるかもしれないけど、それこそ僕たちはお客と店員っていう関係で……」


「もういいわよ! バカりくッ!」


 バンッと、何かが爆発した音が教室に響き渡る。


 華恋かれんの手を見ると、彼女の握力によって紙パックが犠牲になっていた。


 幸い、中身は全部飲み切っていたので二次災害は起こらなかったけど、その元凶である華恋かれんは憤慨した様子で席から立ち上がり、教室から出て行ってしまった。


 どうやら、また僕は何か華恋を怒らせることをしてしまったらしい。


「……はぁ」


 もう一度、小さなため息を吐いたが、今度は声をかけてくれる人はいない。


 そのことに寂しさを覚えてしまうのは、少し我が儘なのかもしれないと思う僕だった。


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