第四話 おサル戦線異状なし(5)

 出雲路猿田彦の申し出に、他の猿たちが「おう」と応える。

「この通りみどもの烏帽子は、黄色と黒の横縞に日の丸じゃ」

「虎縞だよね」

 桃花が言うと、出雲路猿田彦は腕で目元を隠して「うっうっ」と泣き真似をした。

「どうしたのっ?」

「みんながみんな、そのようにうてくれればいいのだが。はぁ」

 出雲路猿田彦が嘆息とともに腕を下ろすと、哀愁に満ちた表情が現れた。

「あるカップルがな、みどもの烏帽子を見て『鬼のパンツ』だと言うたのだ」

「絵巻物では、鬼が虎の毛皮を腰に巻いているからな」

 晴明が淡々と言う。節分に売られる福豆のパッケージにも、アニメの日本昔話にも、虎の皮を身につけた鬼が登場するのを桃花は思い出した。

「言うに事欠いて、パンツはないでしょうパンツは。こちらのお嬢のように、普通に虎縞と言うてほしい」

 出雲路猿田彦の嘆きに、他の猿たちが悲しげな顔をする。同情しているのだろう。

「縁結びで知られるわが社だが、当分カップルの願いはかなえてやりとうない」

 出雲路猿田彦が声を震わせて言うと、赤山禅右衛門が「待て待て待て」と手を突き出した。

「人のつがいというものは、互いに結ばれてからが肝心なのだ。り好みせず願いを叶えてやれ」

「つがいとは、生々しい表現ですな」

 飛丸が小さな頰に両手を当てて照れた。

 出雲路猿田彦は腕組みをしてそっぽを向いている。

「試練ぞな、出雲路猿田彦どの。しき思い出は振り払い、えにしを求め保とうとするろうにやくなんによを助けねばいかんぞな」

 猿ヶ辻清麻呂が出雲路猿田彦の前に躍り出て、御幣をバッサバッサと振ってやる。

「さあ、役に立たぬ思い出は雲散霧消させるぞな。お役目大事ぞな」

「むう、正論を言われてはあらがえぬ」

 弱った風に言う出雲路猿田彦に、桃花はそっとにじり寄った。

「わたしからもお願いします、出雲路猿田彦さん」

「お嬢」

 虎縞に日の丸の烏帽子をかぶった猿は、両目をうるませていた。

 桃花は両手を合わせた。出雲路猿田彦に懇願するために。

「一人の人もカップルも、あなたのところにわざわざ来るんでしょう? 平等に応えてあげて」

「お嬢。何と優しい、他人を思う心……」

 出雲路猿田彦の両目がさらにうるんだので、桃花は首を振る。

「ううん、わたしも彼氏ができたら、ずっと一緒にいられますようにってお願いに行くから」

 がくり、と出雲路猿田彦の首が傾く。

「桃花。そういうのをことわざで『らぬたぬきの皮算用』と言うのだが」

「知ってますっ」

 振り返って、桃花は晴明の言葉をさえぎった。

「……恋人を作るところまでは手助けなしで行くつもりだな。そこは面白い」

 晴明が真顔で言った。桃花はわけもなく恥ずかしくなる。

「もうごねるのは終わりで良かろう」

 赤山禅右衛門が、太い指先を優しく出雲路猿田彦の肩に置く。

「あのように恋に恋する少女でさえ、おぬしの力を頼りにしておるではないか」

「うむ。初恋もまだ知らぬと見えるお嬢でさえ、みどもを頼みに思ってくれるのだな」

 出雲路猿田彦が、きらきら輝く目で桃花を見上げてくる。

 ──うっ、初恋も知らないって、図星。

 軽くショックを受けつつ、桃花は微笑みを返した。

「決めた。みどもは、今まで通りわけへだてなく縁結びにいそしもう」

「よかったぞな」

 出雲路猿田彦の宣言に、みなが拍手する。晴明まで拍手しているのを見て、案外ノリがいい人だと桃花は思う。

「では次、日吉飛丸どののターンぞな」

 猿ヶ辻清麻呂に指名されて、飛丸はポリポリと頰をかいた。

「われは、そのう……夏になると時々参拝客がつらそうにしておるのが悲しい」

「熱中症かもしれんな」

 晴明が言うと、飛丸はコクコクと小刻みにうなずいた。

「夏の山歩きを甘く見る人間が多いのです。瓶入りの水を買って、持っていてほしいのですが」

 ──熱中症の予防には水分補給をこまめに、ってよく聞くよね。

 桃花が納得していると、晴明が胸ポケットから紙片を数枚取りだした。正方形で、細かな呪文らしき文字列や「目」という漢字が記されていた。

「登山口に飲み物の自動販売機はあるか? 飛丸」

「はい、もちろん」

「ではこの呪符を自動販売機の下に置け。少しでも登山客が、水の必要性に気がつくように」

「ややっ、ありがとうござりまする」

 低頭する飛丸に呪符を渡しかけて、晴明は動きを止めて「荷物になってしまうな」とつぶやいた。

「近いうちに、大津市の部下と一緒に登山口に行こう」

「よ、よろしいのでございますか」

 驚きが大きすぎたのか、飛丸の体がピョンと跳ね上がる。

「私は大津市の部下と酒を吞む口実が欲しい。遠慮するな」

「ありがとうぞんじまする!」

「おお、ウィンウィンの関係ぞな。良かった良かった」

 猿ヶ辻清麻呂が、茶色い毛をふわふわさせながら飛丸に駆け寄った。赤山禅右衛門は駄洒落が好きだが、こちらは横文字が好きなのかもしれない。

「嬉しゅうございまする。さあ、最後は猿ヶ辻清麻呂どのの番ですぞ」

「うむ」

 これまで司会役を務めてきた猿ヶ辻清麻呂を、一同が温かい目で見る。

「実は先日猿ヶ辻に、四匹の小さい桃色の猿が来たぞな」

 ──桃色のお猿さん……?

 ピンク色の毛が生えた小猿を、桃花は想像してみた。ぬいぐるみなら、そんな猿を見たことがある。

「大きさは飛丸どのと変わらぬ。何か用かと話しかけたら、そろって走り去ってしもうた」

「サルだけに、走り去る」

 赤山禅右衛門がすかさず駄洒落を言い、出雲路猿田彦が背中をはたいた。

「あいてて」

「話の腰を折るからじゃ」

 出雲路猿田彦が澄まし顔で言い、猿ヶ辻清麻呂に目を向ける。

「その桃色の毛が生えた四匹の素性が気になるのだな」

「うむ。桃色の猿も珍しいが、どうも困っておるように見えた」

 全員の視線が、自然と一点に集まる。

 桃花の隣であぐらをかいている晴明に。

 ──他のお猿さんは、桃色のお猿さんに心当たりがないみたい。晴明さんに頼るのが、ベストですよね。

「桃花」

 憂い顔で晴明が呼ぶ。

「時間は大丈夫か」

「あ、大丈夫です。今夜はお父さんもお母さんも遅いから」

「よし」

 ──少女漫画だったらこういう台詞せりふは、ちょっとどきっとする局面で出てくるんだけどな。

 桃花のささやかな動揺も知らぬ様子で、晴明は「何とかしよう。猿ヶ辻へ行くぞ」と全員に宣言した。


【次回更新は、2019年10月8日(火)予定!】

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