第四話 おサル戦線異状なし(4)

「わしは、せきざんぜん右衛もんせきざんぜんいんの屋根の上に住まう猿でござる」

 先ほど喋っていた、大きな猿だ。

 巫女みこ神楽かぐらの時に持つような、鈴の付いた棒を持っている。

「みどもは、出雲いずもさるひこさいのかみのやしろに住まう猿」

 やや小ぶりな猿が名乗った。黄色と黒のよこじまに赤い日の丸が一つ付いた、高い烏帽子をかぶっている。白いへいを肩に担ぎ、緑色の羽織を着ている派手な猿だ。

さるつじきよぞな。御所の鬼門を守る猿ヶ辻の猿ぞな」

 こちらの猿も御幣を担いで烏帽子をかぶっているが、着物はつけていない。茶色い毛並みがふわふわしている。

 ──赤山禅院はお寺だよね。屋根の上に住んでるっていうのはきっと、鬼瓦みたいに魔除けとして置かれてるって意味。幸神社や、御所の鬼門も、同じ意味合いなはず……。

「分かった。平安京サル会議って、本物のお猿さんじゃなくて、神社やお寺や御所を守るお猿さんの集まりなんですね?」

 桃花が誰にともなくそう言うと、飛丸が「さようでござります」と跳ねた。そのまま、茶室の暗がりへピョンと消える。

「われら、平安京の鬼門……つまり北東を守る猿。お干菓子でご説明しましょうぞ」

 そう言いながら、飛丸はしろのような物を抱えて戻ってきた。

「飛丸さん、それ何?」

「茶席でこんぺいとうなどを入れる、菓子入れでござります。これは焼き物で白茄子の本体、加工した木でヘタを表しておりまして。ヘタがフタになってござりますよ」

「ヘタがフタ!」

 大きな手を打って笑ったのは、赤山禅院の猿・赤山禅右衛門だった。

「おもろいゆえ、菓子皿はわしが用意しよう」

 駄洒落が好きなのか、赤山禅右衛門は楽しそうに暗がりから菓子皿を運んできた。

 出雲路猿田彦と猿ヶ辻清麻呂が、菓子入れの中身を一番大きな皿にざらざらと出す。

「この皿を、京都の大地としよう」

 禅右衛門が、桃花の目の前に平たい菓子皿を置いた。

「この大きな金平糖を、京都御所としましょうぞ」

 飛丸が抹茶色の大きな金平糖を運んできて、皿の中央に置く。

「地図と同じで、手前が南、奥が北と思うてくだされ」

 飛丸が小さな茶色の金平糖を持ってきて、抹茶色の金平糖の右上にくっつけた。

「御所の北東の角、猿ヶ辻を守るのが猿ヶ辻清麻呂」

「わしぞな」

 ふわふわした茶色の猿が御幣を振る。

「猿ヶ辻の北東、幸神社に出雲路猿田彦」

 茶色い金平糖から少し離れた右上に、黄色い金平糖が置かれた。

「幸神社の北東、赤山禅院に赤山禅右衛門」

 同様に、黄色い金平糖から数ミリ離れた右上に赤い金平糖が置かれた。

「そしてわれのすみ、日吉大社」

 抹茶色の大きな金平糖、茶色い金平糖、黄色い金平糖、赤い金平糖を結ぶ線の延長線上に、白い金平糖が置かれた。猿たちの住処が、一直線に並んでいる。

「これぞ、平安京の鬼門を守る防衛戦線。別名猿ラインにござります」

 金平糖で説明図を作り終えた飛丸がVサインをし、桃花は「おー」と感嘆の声を上げて拍手した。

「で、ここで何してるんですか?」

「集会ぞな」

 猿ヶ辻清麻呂が、御幣を振りながら言う。

「重き責務を負う我らには、我らなりの悩み苦しみ楽しみがある。それらを語り合いつつ晴明様にご報告するため、このように京都御苑内の茶室・しゆうすいていにて月に一度の集会を開いておるぞな」

「私が休暇で現世に来る前は、別の冥官などを招いていたそうだ」

 晴明が、分かったか、とでも言いたげな口調で付け加えた。猿呼ばわりされたことを根に持っているらしい。

「ええと、この件、御所を管理してる人たちは……宮内庁? の人たちは知ってるんですか?」

「秘密ぞな」

 御幣で口元を隠して、猿ヶ辻清麻呂が小首をかしげる。可愛らしいので追及はやめておく。

「わしから良いかな」

 赤山禅右衛門が手を上げ、他の猿たちがうなずく。

「みなも知っての通り、わしは左京区の山奥、赤山禅院の屋根の上にじっと座っておる。すると、本物の猿の群れが木々を飛び渡るのが見える」

 ──本体は、屋根の上に置かれたお猿さんの像ってことね。

 と、桃花は理解した。

「猿がおるのは問題ではなかろうに」

 派手な烏帽子の出雲路猿田彦が言う。

「いやいや、みなまで聞いてくれぬか」

 赤山禅右衛門が腕を突き出し、ふるふると首を振る。

「実は、一匹の若いめすざるがわしに惚れたらしい。いつも決まった枝の上から、わしをじっと見ておるのだ」

 ぐほっ、と出雲路猿田彦が噴き出した。

「な、なるほど、一大事よのう」

 明らかに笑いをこらえている表情で心配してみせる出雲路猿田彦に、大柄な赤山禅右衛門がすがりつく。

「出雲路どの、分かってくれるか。いくら求愛されても応えるわけにはいかぬのだ」

「お、重い」

「ははは、わざとじゃ。人の苦悩を笑う奴はこうじゃ」

「ぬうっ」

 出雲路猿田彦が御幣で赤山禅右衛門をはねのける。猿ヶ辻清麻呂が「暴れては危ないぞなー」と注意した。

「まあ、苦労は分かるが」

 静かに聞いていた晴明が口を開く。

「放っておけば本物のおすざるに興味が湧く。その雌猿は、若いゆえに理解が足りない」

 言い終わってから晴明がこちらを見たので、桃花はキョトンとする。

 ──若いゆえに理解が足りないって、わたしのことかな。ううん、自意識過剰かも。

 少し恥ずかしくなって、頰に手を当てた。

「そうですな。来年にはもう、普通の雄猿に興味が移ることでしょう。安心し申した」

「などと言いながら、ちと寂しいのではないか」

 出雲路猿田彦がにやにやしながら言い、赤山禅右衛門が「ないわい、そんな感慨は」と相手の背中をはたく。

「あいてて。では、次はみどもでも良かろうか」



【次回更新は、2019年10月5日(土)予定!】

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