第四話 おサル戦線異状なし(3)
薄明るい石の通路を、晴明と並んで歩く。
通路の先は暗くて見通せないが、歩を進めるたびに石が淡い光を発するので、歩くのに困難は感じない。
「しかし、日吉大社で七五三を済ませた娘に会えるとは、今日は縁起がよろしいです」
晴明の肩に立つ飛丸が、ゆらゆらと踊りながら言う。比叡山に建つ神社の使いなだけに、本気で嬉しいのだろう。
「京都に来ても比叡山は見えるから、あんまりさびしくないんだよ」
「うむうむ。大津の子にも京の子にも、比叡山はふるさとの山でしょう」
「そうだ、比叡山って言えば、京都では方角を知る手がかりになってるみたいだよ」
桃花は両の手をポンと合わせた。
「昨日、学校の友だちと御池通のあたりで買い物して遅くなった時ね、知らないおねえさんが聞いてきたの。北はどっちですか、夜になって比叡山が見えないから分からないんです、って」
「ほほ、なるほど」
飛丸も小さく両手を打った。
「比叡山は京の街から見て北東にある。道が碁盤の目になっていて分かりやすいといえども、東西南北が分からなくなっては、慣れぬ者にはお手上げですな」
「教えられたのか、きちんと」
晴明が意外そうな顔をする。
「教えられましたよー。京都の街中生まれの子が一緒だったから、その子が『三条駅のある方が南』って教えてました。それなら夜でも分かるからって」
飛丸が「うむ」とうなずく。
「迷っていたおなごは、京の人間ではなかったのですな」
「うん。話を聞いたらね、奈良からお嫁に来たばっかりなんだって。奈良の変わったお守りをバッグにつけてたよ。身代わり猿っていうらしいんだけど、飛丸さん知ってる?」
「おお、知ってございます。赤いまんじゅうに白い小さいまんじゅうが載ったような形の、別名
「とても猿には見えんがな」
晴明も、知っているようだ。
赤い布に中身を詰めて四肢と胴体を作り、白いのっぺらぼうの頭をつけ四肢を括る。できあがった括り猿を赤い
「旧市街って、どういうことですか? 電車の駅ができるまでは繁華街だったとか?」
適当な想像を口にすると、晴明はひと呼吸置いて「奈良町はだな」と話の口火を切った。これはちょっと長くなりそう、と桃花は予想する。
「見かけを言えば、入り組んだ路地のあちこちに江戸時代の町家が残っている。奈良時代から続く神社や寺もある。つまり、古代から人の集まる区域だったわけだ」
「古代からっ? 旧市街っていうより、遺跡市街じゃないですか」
「遺跡はやめろ、今も人が住む、観光客も来る町だ」
「はーい」
「お嬢、話は戻りまするが、そのおなごは身代わり猿をつけておったのですな?」
「うん。最初は気づかなかったけど」
桃花は、人差し指と親指で栗の実大の丸を作ってみせる。確かこのくらいの大きさだったはずだ。
「そのおねえさんがつけてた身代わり猿はちっちゃくてコロンとして、可愛かったから聞いたの。まるで
「ふむ、椿に見えなくもありませんのう……おお、
飛丸は一方の手を耳に添え、目を閉じた。
「
「えー? まだいくらも歩いてないよ? 京都御苑ってバスでも二十分くらいかかる、はず……ふすまっ?」
石の壁に不似合いな、和室にあるのがふさわしいはずの襖がある。ただし、高さは普通の襖の半分程度だ。
「ここで靴を脱ぎなさい」
当たり前といった口調で、晴明が命じた。
「襖の向こうは御苑内の茶室だ」
「あはは、またまたー、晴明さんったら一般人を
晴明の言っている内容は信じがたいが、自分に害の及ぶ行為はしないはずだ。
そっと襖を開け、体を折り曲げて中を覗きこむ。
薄暗い茶室の中で、六つの小さな目がぽわりと光っていた。
「お、お邪魔しました!」
襖を閉めようとした手を、後ろから晴明に押さえられる。
「だから、ここで靴を脱いで茶室に上がれというのに」
晴明が呆れ声で言うのを背後に聞きながら、桃花は茶室に上がった。すぐに、晴明も入ってくる。飛丸が畳にポンと飛び降りる音と気配がした。
「明かりをつけなかったのか」
「われらは夜目が利きまするので」
一番奥にいる、大きな猿が言った。
「しかし晴明様のおいでとあらば、明かりをすぐにでもつけましょう」
火打ち石のような、カチカチという音がする。
──お猿さんだ……。
迎えた三者全員が、猿であった。
【次回更新は、2019年10月3日(木)予定!】
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