第四話 おサル戦線異状なし(7)
*
──変わった散歩だなあ。
リードを持った桃花は、夜道をてくてくと歩きながら前方に目をやった。
四匹の桃色の小猿は、白い子犬の背中に揺られている。これから猿ヶ辻に戻って、赤山禅右衛門たちに挨拶をするためだ。
「奈良町から来た、と言ったな」
晴明が尋ねた。子犬の背中の上で、桃色の小猿たちがうなずく。
「実はあの家は、奈良町から嫁が来たばかりなのです。われらは嫁入り道具の一つとして、実家から付いて参りました」
「奈良町……」
御池大橋で出会った女性を思い出した。あれは、やはり結婚指輪ではないか。
「ひょっとしてその女の人、バッグに小さくて新しい身代わり猿をつけてない?」
「え? はい、小物屋で買った、栗の実くらいのを」
「やっぱり! 背が高くて、左の目尻にほくろが二つあって、髪が長くない?」
「さようでござります。ご存じで?」
「偶然だけど、昨日その人に道を教えたの」
「なるほど……」
四匹の猿のうち、やや大きな猿がうなった。
「われらは、とまどい悲しんでおります。奈良町では軒先に下げられていたのに、なぜ京では室内にしまわれたのか」
「えっ、京都では浮くからじゃない?」
桃花が思いついたままを言った途端、四匹の小猿は目を
「京都の家で見かける魔除けは、祇園祭のちまきとか、鬼瓦とか……。わたしは引っ越してきて間もないけど、身代わり猿を下げた家が全然ないのは分かるよ」
「おお、われらが守るあの娘は、近所に気を使った、と」
四匹の小猿は言い交わす。われらはお役御免ではなかったのだな、良かった、道理で捨てられなかったわけだ……。
「これから会うのは平安京の鬼門を守る猿たちだが、その後でこの近所の
「ありがたし、ありがたし」
四匹の小猿がそれぞれ、子犬の背で土下座をして丸くなる。桃色の餅のようだ。
「ああ、だが、一度この娘を家へ送り届けてからでいいか? 京都御苑で猿たちと顔合わせした後に」
四匹の小猿が一斉に顔を上げ、「異論はございませぬ」「夜、おなごの一人歩きは危のうございますからな」と口々に言う。
「わたしも一緒しますよ、お地蔵様とお猿さんたちの面会」
「答え合わせがまだだろう」
晴明はバッサリと切り捨てる。
「家に帰ったら、匂い袋をやろう」
「香木屋さんで売ってるようなのですか? 好きですけど、なんで……?」
「遅くまで勉強をした後、深く眠れるようにな。枕元に置くといい」
「勉強はちゃんとやる前提なんですね」
「当然だろう。嫌か?」
「全然。ただ、晴明さんて浮き世離れしてるようで、押さえるところは押さえる手堅い人だなと思って」
「……私はもともと役人だ。手堅いに決まっている」
晴明の言葉から、感情は読み取れなかった。京都御苑の方向から、猿ヶ辻清麻呂たちが走ってくるのが見えた。
──匂い袋を使ったら、リボンを入れるアクセサリーボックスに入れようかな。
良い思いつきではあるが、桃花は何となく、(晴明さんには言わずに内緒にしよう)と思った。
第四話・了
【次回更新は、2019年10月12日(土)予定!】
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