第四話 おサル戦線異状なし(7)


 ──変わった散歩だなあ。

 リードを持った桃花は、夜道をてくてくと歩きながら前方に目をやった。

 四匹の桃色の小猿は、白い子犬の背中に揺られている。これから猿ヶ辻に戻って、赤山禅右衛門たちに挨拶をするためだ。

「奈良町から来た、と言ったな」

 晴明が尋ねた。子犬の背中の上で、桃色の小猿たちがうなずく。

「実はあの家は、奈良町から嫁が来たばかりなのです。われらは嫁入り道具の一つとして、実家から付いて参りました」

「奈良町……」

 御池大橋で出会った女性を思い出した。あれは、やはり結婚指輪ではないか。

「ひょっとしてその女の人、バッグに小さくて新しい身代わり猿をつけてない?」

「え? はい、小物屋で買った、栗の実くらいのを」

「やっぱり! 背が高くて、左の目尻にほくろが二つあって、髪が長くない?」

「さようでござります。ご存じで?」

「偶然だけど、昨日その人に道を教えたの」

「なるほど……」

 四匹の猿のうち、やや大きな猿がうなった。

「われらは、とまどい悲しんでおります。奈良町では軒先に下げられていたのに、なぜ京では室内にしまわれたのか」

「えっ、京都では浮くからじゃない?」

 桃花が思いついたままを言った途端、四匹の小猿は目をき口を大きく開けた。想像もしないことだったらしい。

「京都の家で見かける魔除けは、祇園祭のちまきとか、鬼瓦とか……。わたしは引っ越してきて間もないけど、身代わり猿を下げた家が全然ないのは分かるよ」

「おお、われらが守るあの娘は、近所に気を使った、と」

 四匹の小猿は言い交わす。われらはお役御免ではなかったのだな、良かった、道理で捨てられなかったわけだ……。

「これから会うのは平安京の鬼門を守る猿たちだが、その後でこの近所のぞうさつに話をつけてやろう。京の風習や年中行事を教わるといい」

「ありがたし、ありがたし」

 四匹の小猿がそれぞれ、子犬の背で土下座をして丸くなる。桃色の餅のようだ。

「ああ、だが、一度この娘を家へ送り届けてからでいいか? 京都御苑で猿たちと顔合わせした後に」

 四匹の小猿が一斉に顔を上げ、「異論はございませぬ」「夜、おなごの一人歩きは危のうございますからな」と口々に言う。

「わたしも一緒しますよ、お地蔵様とお猿さんたちの面会」

「答え合わせがまだだろう」

 晴明はバッサリと切り捨てる。

「家に帰ったら、匂い袋をやろう」

「香木屋さんで売ってるようなのですか? 好きですけど、なんで……?」

「遅くまで勉強をした後、深く眠れるようにな。枕元に置くといい」

「勉強はちゃんとやる前提なんですね」

「当然だろう。嫌か?」

「全然。ただ、晴明さんて浮き世離れしてるようで、押さえるところは押さえる手堅い人だなと思って」

「……私はもともと役人だ。手堅いに決まっている」

 晴明の言葉から、感情は読み取れなかった。京都御苑の方向から、猿ヶ辻清麻呂たちが走ってくるのが見えた。

 ──匂い袋を使ったら、リボンを入れるアクセサリーボックスに入れようかな。

 良い思いつきではあるが、桃花は何となく、(晴明さんには言わずに内緒にしよう)と思った。


第四話・了



【次回更新は、2019年10月12日(土)予定!】

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