第四話 おサル戦線異状なし

第四話 おサル戦線異状なし(1)

 高校の授業と美術部の活動が終わってから桃花が遊びに出るのは、たいていいけどおりさんじようどおりだ。

 京都の繁華街と言えばじようどおり河原かわらまちどおりが交差するじよう河原かわらまちだが、高校で出会った友人たちによれば、このあたりは賑やかすぎるのだという。言ってみれば、大人たちや観光客が幅を利かせすぎている。

 そこで穴場となるのが、東西に走る三条通や御池通だ。三条通には小さくておしやな服屋やアクセサリーショップがあり、御池通から地下街に入れば大きな書店やコスメショップがあり、女子高生に必要なたいていの物はそろう。

 買い物の後、街灯のともる広い御池通を友だちとそぞろ歩くのが、最近の桃花の楽しみだ。京都の女子高生、という感じがする。

「日本史の授業ってめっちゃ眠いねんけど、先生の名言で目え覚めるなあ」

 かもがわにかかるいけおおはしへと歩きながら、クラスメイトのおおはしそのが言った。美術部の友人で、桃花よりも少し背が高く顔立ちが大人っぽい。

「うんうん、分かる分かる」

 桃花は中年の日本史教師をて、眼鏡のブリッジを上げる手振りをした。

「こんな感じだよね。『その時、じようもんじんは決意した! 他の地域と交易をする、と!』」

「やー、似てる似てる。桃花ちゃん、うますぎ」

 短めのポニーテールをぶんぶん左右に振って、園子は喜んだ。

「次、弥生やよいじんバージョンやって!」

「よーし」

 桃花がもう一度眼鏡を上げる仕草を真似ようとした時、橋の真ん中あたりを歩く二十五歳くらいの女性に気がついた。白いカットソーに青いロングスカートというシンプルな装いが、長身によく似合う。長い髪を夜風になびかせ、左右を見回しながら泣きそうな顔をしている。

 大人っぽい雰囲気にそぐわぬ頼りない表情が気がかりで、桃花は思わず声をかけた。

「あのー、何か、お困りですか?」

 察した園子が、後を追うように「お困りですか?」と言う。

 長身の女性は足を止め、本当に困った顔でうなずいた。

「すみません。道が分からなくて」

 申し訳なさそうに言ってから、足元に目を向ける。

「ここは、御池大橋ですよね? 御池通につながってる」

「はい、そうですよ?」

 桃花が答えると、隣で園子が「ですよー」と調子を合わせる。京都市生まれの彼女にとっては、当たり前すぎる質問だろう。

 長身の女性は、恥ずかしそうに頰に手を当てた。左目の目尻に、小さなほくろが二つ並んでいる。左の薬指には、銀色の指輪が光っていた。

「お恥ずかしい質問ですけど、北はどっちですか?」

 桃花と園子が同時に「えっ?」と返した。

「昼間なら、北東の方角に比叡山が見えるので、南北が分かるんですけど……」

 桃花は納得した。暗くなったので目印の比叡山が見えなくなってしまい、道に迷っているらしい。

「そうだったんですねー。こっちが北ですよ」

 桃花は、北から南に流れる鴨川の上流を指さしてみせた。園子が「当たりー」と拍手しながら、長身の女性に歩み寄る。

「おねえさん。夜に鴨川で南北が分からなくなったら、さんじよう駅を探さはったらいいですよ。けいはん電鉄の駅なんですけど」

 園子が反対の南側を指さした。大きなビルに「京阪」の二文字が白く輝いている。

「ねっ。『京阪』って光ってるあたりが三条通、って覚えたらいいです」

「なるほどー! 夜でも分かるねー」

 桃花は感心した。さすが、京都市生まれは違う。

「ありがとうございます! 助かりました」

 笑顔でお礼を言った女性の胸のあたりで、赤く丸い物が揺れた。

「なんですか、これ?」

 桃花が尋ねると、その女性はふんわりと笑って答えた。

 身代わり猿ですよ、と。



【次回更新は、2019月9月28日(土)予定!】

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