第四話 おサル戦線異状なし
第四話 おサル戦線異状なし(1)
高校の授業と美術部の活動が終わってから桃花が遊びに出るのは、たいてい
京都の繁華街と言えば
そこで穴場となるのが、東西に走る三条通や御池通だ。三条通には小さくてお
買い物の後、街灯のともる広い御池通を友だちとそぞろ歩くのが、最近の桃花の楽しみだ。京都の女子高生、という感じがする。
「日本史の授業ってめっちゃ眠いねんけど、先生の名言で目え覚めるなあ」
「うんうん、分かる分かる」
桃花は中年の日本史教師を
「こんな感じだよね。『その時、
「やー、似てる似てる。桃花ちゃん、うますぎ」
短めのポニーテールをぶんぶん左右に振って、園子は喜んだ。
「次、
「よーし」
桃花がもう一度眼鏡を上げる仕草を真似ようとした時、橋の真ん中あたりを歩く二十五歳くらいの女性に気がついた。白いカットソーに青いロングスカートというシンプルな装いが、長身によく似合う。長い髪を夜風になびかせ、左右を見回しながら泣きそうな顔をしている。
大人っぽい雰囲気にそぐわぬ頼りない表情が気がかりで、桃花は思わず声をかけた。
「あのー、何か、お困りですか?」
察した園子が、後を追うように「お困りですか?」と言う。
長身の女性は足を止め、本当に困った顔でうなずいた。
「すみません。道が分からなくて」
申し訳なさそうに言ってから、足元に目を向ける。
「ここは、御池大橋ですよね? 御池通につながってる」
「はい、そうですよ?」
桃花が答えると、隣で園子が「ですよー」と調子を合わせる。京都市生まれの彼女にとっては、当たり前すぎる質問だろう。
長身の女性は、恥ずかしそうに頰に手を当てた。左目の目尻に、小さなほくろが二つ並んでいる。左の薬指には、銀色の指輪が光っていた。
「お恥ずかしい質問ですけど、北はどっちですか?」
桃花と園子が同時に「えっ?」と返した。
「昼間なら、北東の方角に比叡山が見えるので、南北が分かるんですけど……」
桃花は納得した。暗くなったので目印の比叡山が見えなくなってしまい、道に迷っているらしい。
「そうだったんですねー。こっちが北ですよ」
桃花は、北から南に流れる鴨川の上流を指さしてみせた。園子が「当たりー」と拍手しながら、長身の女性に歩み寄る。
「おねえさん。夜に鴨川で南北が分からなくなったら、
園子が反対の南側を指さした。大きなビルに「京阪」の二文字が白く輝いている。
「ねっ。『京阪』って光ってるあたりが三条通、って覚えたらいいです」
「なるほどー! 夜でも分かるねー」
桃花は感心した。さすが、京都市生まれは違う。
「ありがとうございます! 助かりました」
笑顔でお礼を言った女性の胸のあたりで、赤く丸い物が揺れた。
「なんですか、これ?」
桃花が尋ねると、その女性はふんわりと笑って答えた。
身代わり猿ですよ、と。
【次回更新は、2019月9月28日(土)予定!】
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