第35話 急襲 クレアside


 ウェスト公爵家の長女にして次期皇帝候補の一人。容姿端麗、聡明叡智。全ての褒め言葉は私のためにあるようなもの。誰もが私に魅了され、私の後に付き従う。


 それが私、クレア=レア=ウェスト。


 それ故、命令することはあっても命令されることはない。


 その、はずなのに……


(なんでよ……なんで私が……)


「どかなきゃ、いけないのよ!」

「クレア様、落ちついて、落ち着いてください」

 そう言われ、周囲の視線に気づいた。


「ふん」


 腰を落ち着かせる。

 思い出すと今でも、沸々と心の奥底から怒りが湧き出してくる。


(ディアナ=デア=サウス……)


 初めて彼女を見たのは、入学式よりも前。


 私が大浴場で湯に浸かっていると――彼女は目をつぶり、手を引かれて入ってきた。


 腰ほどまでに伸びた、淡い銀髪。陶器のような、シミひとつない真っ白な肌。それらから、雪のように儚げな印象を抱いた。


 何故目をつむっているのか、疑問に思いながらも動向を見守っていると彼女は突然、まぶたを開いた。


 それからじっとこちらを見つめていたかと思ったら彼女の瞳は徐々に深紅に染まっていき、最後は何か嫌なものでも見たかの様な苦々しい表情でこちらから顔を背け、早足でどこかへ行ってしまった。


 その一連の流れが、何か侮辱されている気がして苛ついたことを覚えている。


 次に見たのは入学式。そのときも代表挨拶の立場で、壇上で堂々と「皇帝になる」と宣言している姿に私は苛つきを覚えていた。


 どうも、彼女を見ていると苛つく。


 今日も教室に一人、端の方でポツンと座っているその姿を見て、憤りを抑えられなかった私はこれ見よがしに自分の取り巻きを見せつけるようにすぐ近くに座った。


(ふふん。どうよ、自分の惨めさを思い知るがいいわ)


 そんな思いで、しばらく取り巻きたちと話しているとガタッと音が聞こえ、隣を見ると彼女は席を立っていた。


「どいて」


 急な反撃に少し戸惑うも、数的優位に立っている自分の状況から余裕を取り戻す。


「な、なによ」

(文句があるなら言ってみなさいよ!)


 見上げる位置にいる彼女は何かを堪えるような表情でこちらをじっと見つめていて、その瞳は深紅に染まっていた。


「どい、て!」

 怒りによって染められた深紅の瞳。その視線が自分を貫いていることに恐怖を覚えた。


「ひっ……し、しかたないわね、どいてあげる!」


 かろうじて虚勢を張ることはできたものの、私のプライドはズタズタだった。


 堂々と私の横を通り過ぎていく、その後ろ姿を睨みつける。


(ディアナ=デア=サウス……絶対の絶対に、許さないんだから!)


 この日から、彼女と私の熾烈な闘争は幕を開ける。

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