第21話 告白

 部屋に帰って来ると外は暗くなっており、すこしすると雨が降り出してきた。

 窓の外、ときおり遠くの空を光が埋め尽くしている。


(はぁ、やな天気だ)


 雨の音と雷の音、そして巡回する警備の足音。

 これらが合わさったとき城内はホラー空間と化す。

 そんなときの真夜中、急に尿意でも催したらそれはもう……


「悲惨……」

「なにがでしょうか?」


 漏れ出た言葉は、マリアに拾われた。


「ん~ん。なんでも」

「そうですか。お食事の用意ができましたので、行きましょう」

「うん」


 パパとのディナーの幕が開ける。


 長いテーブルに二人、皇帝と僕がぽつんと座っている。

 周りには使用人、マリアも立ってこちらを見守っていた。


「ディアナ。誕生日おめでとう」

 食べ始めて、まず声を発したのは皇帝だった。

「ありがと」

 笑みを意識しつつ返事を返す。


 誕生日。この日だけは必ず、この人は僕のために夕食に出てきてくれていた。

 あまり会わないこと、そして前世のこともあって僕はこの人のことを父とは思えなかった。

 けど、この人が忙しい中、口数も少ない僕のために時間を割いて歩み寄ろうとしてくれていることだけは確かだった。


「なにか欲しいものはあるか?」

「なにも、十分」


 いろんな人に、あれだけもらっておいてこれ以上欲しい物なんて無かった。

 強いて言うなら友達。だけど、これはプレゼントできるようなものではないことは分かっている。


「そうか……」

 その声には哀愁が漂っていた。


(やば。え、えぇと……)


「あ、明日も、一緒に、食べよ……」

 毎年なにもいらないと言ってはいるけど、結局はなにか頼む羽目になる。

「そうだな」

 まぁ、満足そうだからいいのだけど。


 会話はそれきりでお互いに一言も発さない静寂の中、食器の音だけが部屋に響き続け夕食は終わった。


「マリア」

「はい」


 皇帝に呼ばれ、マリアが近くによって行く。

 二人は僕に聞こえない程度の声量で話しはじめた。

 話が終わった後、マリアの表情は暗く、なにかを考えている様子だった。


(なに話してたんだろ?)


「お嬢様、戻りましょう」

「うん」


 ドアの手前、すぐそこまで来て振り返る。


「おやすみ、パパ」

「ああ。おやすみ、ディアナ」


 部屋に戻り、風呂に入った後はパジャマに着替えた。


(今日は良い一日だった……)


 いま、僕は座ってマリアに髪をとかれている。

 外では相変わらず雨が降り続き、雨粒が激しく窓を叩きつけていた。


「お嬢様、この帝国の成り立ちについて覚えていますか」


 それは、唐突な質問だった。


(ん? あの吸血鬼の少女の話のことかな……)


「うん」

「その中にでてきた真祖という存在ですが……実は現在、一人だけ現代に存在することが確認されているんです」


(一人だけ……なんという特別感……)


「その、一人というのは……」

(ほぉ)


「実は……」

(ほぉほぉ)


 そのとき一瞬、空を光が埋め尽くした。

(ほあっ、光っ)


 そう思った次の瞬間――

 心臓を震わせる、思わず恐怖を感じるような大きな音が響いた。


「――です!」


(おぉぅ。今のはかなり近いかも……へ?)


「それに伴ってお嬢様も次期皇帝候補となります。いままで隠していて申し訳ありません!」

「いや……な……」

(い、いや。なんて……)


「お嬢様、大丈夫です!私たちがお支えします」

 マリアが急に抱きついてきた。


(む、胸が!)

 首の辺りが後ろからマリアの胸に包まれていた。


「マ、マリア、大丈夫、大丈夫、だから……」


(だから、離してほしい)


「お嬢様!」

(うっ、更なる感触が!)

 締めつけは余計に強くなった。


 それからしばらくの間その体勢は続き、先に折れたのは僕だった。


「マリア、離して」

「お嬢様……」


 名残惜しくも悩ましい感触は去った。


(次期皇帝候補……)


 その前に何を言っていたかは分からないけど、僕が次期皇帝候補になった。重要なのはそれだけだろう。


「マリア」


 授業で習ったけど毎回、候補たちの間では血みどろの戦いが巻き起こるとかなんとか。暗殺とか超怖い。

 だから……


「私、強くなる。そして、生きる!」

(死にたくない!)

「はい、生きてください!」


 その夜、雨と雷は勢いを増し、時折聞こえてくる巡回の足音も相まって城内はホラー空間と化した。

 いつも以上に豪勢な食事を堪能し、水もたくさん飲んだ僕の膀胱はもちろんパンパンだ。

 こうなることは予想できていたはずなのに、候補のことばかり考えてしまってマリアについてきてもらう機会を失ってしまった。


 手には今日、ラインからもらった笛があった。


(笛、吹いてみようかな……)

 ラインならいつでも来てくれそうな気がする。

(けど……)

 来てくれたところでトイレについてきてと言うのは恥ずかしい。


 堂々巡りの思考にはまってしまい、ただただ時間だけが過ぎていった。

 鳥の鳴き声、廊下を歩く使用人たちの足音。


「お嬢様、起きてください」


(あれ、朝?)


 昨日、いつの間にか眠ってしまったみたいだ。


「ふぅわぁ~」

(眠い……ん?)

 太もも辺りにひんやりとしたものを感じた。


(まさか!)


 その瞬間、急速に目は覚めた。

 布団をめくり確認する。


「まぁ……」

「うぅ……」

(死にたい……)

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