第34話 急襲

「姫様、行ってらっしゃいませ」

「ん、いってくる」


 遂に、授業が始まる。


 友達作りにおいて重要なのが学校が始まってすぐの、この期間。周りは知らない人ばかりで、誰もが友達を欲している。基本的に自分の席から前後左右が友達候補となり、その枠を一つでも女子に埋められるだけで僕みたいな男子にとってはかなりきつい事になる。最初の座席で、自分の四方を女子に埋められたとき。その状況を四面楚歌と呼ぶ。


 ただし――今の僕は両方の性を経験したパーフェクトヒューマン。僕に死角は存在しない。


 人の流れ、掲示されてある地図を頼りに自分の教室を目指して歩いていく。


(ここ……かな?)


 中からは複数の声が聞こえてくる。


(ん、座席表は……中だね)


 外に座席表は見当たらない。


(よし!)


 気を引き締めて、いざ教室への一歩を踏み出した。


(こ、これは……)


 教室の中。その光景は、想像とは全く違うものであった。

 席は小学校、中学校のときのような一人一人に決められているようなものではなく、大学に有りそうな段々の机が繋がったものになっていた。


(くっ)


 となると、前世の経験は通じない。この席においての最適解。どうやって友達を作るのか。何処に座れば良いのか。自由席なのかも定かではない。


 座席の後ろの方には、既にいくつかのグループが形成されていた。

 これにより、後ろの方に座るという選択肢はなくなる。誰も知り合いがいない中で、あのグループ群に突入するスキルも勇気も僕にはない。


(となると……)


 恐る恐る、前方二段目、端の席を確保した。端をとったのは、単純に奥に詰めないといけないと思ったから。それと、もともといきなり誰かの隣に座るつもりはなかった。そんな対人スキルを僕は備えていない。

二段目をとったのは、前後に座る人がいると思うから。確率をあげていこう。


(どんな人が来るかな)


 そわそわと、期待と不安が入り交じった心境でそのときを待つ。


(あ、そわそわしてたら我慢してると思われるかも……て、そういえば朝、トイレ行ったっけ……)


 思い出すともう、意識は徐々に下へ。


(やば、トイレ行っとこ)


 そう思い、席を立とうとしたときだった。


ガタッ。


(はっ)

 物音に念願の、友達候補の来訪を察知する。


 どんな人が来たのかと、隣を見ると――


(え……)


「みんな、ここ。ここにしましょ」


 そこにはきらきらした、女子たちがいた。


(え? え、え?)


 僕が混乱している間に女子たちは席に座っていき、気づいた時には僕は女子たちに包囲されていた。


 女子たちはぺちゃくちゃと周りで喋り出し、僕は絶海の孤島と化していた。


(終わった……)


 もう、全てが。こんな状況で友達ができるわけがない。僕のすぐ隣には壁が有り、さらに女子に挟まれていてトイレにも行けない。絶望に打ちひしがれながらも、現在進行形で蓄積する尿意に今は耐えるしかなかった。


(心頭滅却すれば、尿意もまた、をかし)

 心を落ち着かせる余裕のあったのも、このときまで。


(ふぅ。く、くぅぅう)


 ぽとん、ぽとん、と尿が一滴ずつ時を刻むように膀胱に溜まっていき、ついに表面張力でかろうじて溢れていないといった状態に至っていた。


 もう、臨界点を突破する。自分の膀胱の限界を悟った僕の本能は強攻策を決行していた。


 勢いよく、ばっとその場で立ち上がる。


「どいて」

「な、なによ」

 女子は聞こえていなかったのか、座ったままどく気配はない。


「どい、て!」

 思考は尿意に支配され、恥も外聞も気にする余裕はなかった。


「ひっ……し、しかたないわね、どいてあげる!」


 女子のどいた後を早足で通り、トイレを目指す。


(ふぅ。危なかった……)


「はぁぁぁ」


(もう、何だったんだあの迷惑な女子たちは)


 さっきので確実に出遅れた。トイレを済まし、帰ってきてかすかな希望に掛けて席を探す。


(どこだ、どこに……)


 席はほとんど埋まっていて、グループがあちこちに作られていた。


(くっ……いや、まだ)


 希望はある。前の方にぽつりと座っている人たち。あそこらへんの僕と同じぼっちを感じるところに話しかければ、まだいける。


(勇気を出せ、僕)


「ね、ねぇ。ちょっと……ここ、いい?」


 肩をたたいて、コミュニケーションを試みる。


「え……は、はいっ! どうぞ、お使いください!」

「え、いや、ちょ――」


 話しかけた男子は僕に席を譲り、顔を真っ青にしてどこかへ行ってしまった。


(そんな、どうして……い、いや、まだ……)


 その後も――


「あの……」

「ひっ」


 大体、だれも同じような反応で――


「その……」

「……」

「あ、いや、なんでも…です……」


(どうして……あ)


 入学式での失敗。原因はそれしか思い浮かばなかった。


(そう、なのか……)


 すべてを悟り、諦めて周囲にだれもいない席に座る。


 本能が自衛のために、僕の思考を止める。結果、僕はぼ~と、どこかを見ているようで何処も見ていない、そんな状態で授業を受けていた。


 がたっ。席を立つ音に、授業の終わりを気づく。


(あ、終わってる……昼、いこうか……)


 周りが複数人で教室を出て行く中、紛れるようにとぼとぼと一人、食堂へ向かった。


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