第33話 宣誓

 パチパチパチ……

 拍手の音が講堂に響き渡る中、壇上から降りて席に戻る。


(うぅ)


 代表挨拶という今日一番の山場を終えたというのに、僕の心は不安と羞恥で埋め尽くされていた。


 というのも、代表挨拶がうまくいかなかったから。


 代表挨拶の途中、最初に覚えているところまで言った後にポッケに手を突っ込んだところであのメモを無くしたことに気がついた。


 それからは焦るあまり思考はまとまらず、うろ覚えで話していたけど何を言ったかさっぱり思い出せない。


(意味分かんないこと言ってたんだろうなぁ……。それに、はぁ……どもった)


 拍手が起こったのは、僕の挨拶が終わって少し時間を置いてからのことだった。それはきっと僕があまりにも意味不明なことを言っていたから。あの拍手もみんな情けで鳴らしてくれていたんだろう、とそう考えていた。


(終わった……僕の学園生活)


 これを起点にド・モルガンとかあだ名つけられて、将来的にいじめられる未来が容易に想像できてしまう。


 帰ってくる足取りの負荷は、行きの数倍。

 希望なんて無かった。


 席に着き、僕が返事のない屍と化した中、入学式は進行していく。


「ディアナ」


 僕を呼ぶその声が深淵に沈んでいた僕の意識を浮上させる。


「……ん?」

(キース……あ……)

 話しかけられて初めて、入学式の終わりに気づいた。


「素晴らしい挨拶でした。本当、鳥肌が立つほどに」


(ぐはっ!)

 皮肉られた。


 いつもの笑みだと思っていたそれが、僕をあざ笑うものに見えてきた。


(素晴らしいわけがないじゃないか。それに鳥肌が立つほどにおぞましい挨拶だったと……)


 ジョークのようなつもりかも知れないけど、それを許容する余裕は今の僕にはなかった。


「ありがと。じゃ」


 勢いよく立ち上がり、不機嫌を露わに出口へ向かって歩いて行く。


「待ってください!」


(もう、なんなんだ)

「はい?」


「よかったら、昼を一緒に食べませんか」

(そんなの……)

「い――」

 嫌だと言おうとしたところで、被さるようにキースが声を発した。

「実は、誰も知り合いがいなくて――」

 ぴくっ。

「一人では心細いので――」

 ぴくぴくっ。

「いや、先に約束している方がいるのならいいのですが」

(そうかそうか。なるほど、ね……)

「ううん。一緒、食べよ」

「本当ですか!」

「はい」


(もう、しかたないな。そんなに人肌恋しいっていうなら、まぁ、一緒に食べてあげないこともない)


 そんなことを考えながらも、実際のところ思ってもみない友達ゲットのチャンスに興奮を覚えていた。


(あ、そういえば……)


「姫様!」

「レイラ」

(レイラ、いいところに)

 レイラとも一緒に食べるからそのことをキースにも伝えておこうと考えていた。


「あの凜々しい立ち姿。大勢の前でも怯まないその態度。感動しました」

「ありがと」


(気を遣って、発言以外で頑張って褒めてくれてる……ごめんね、レイラ。不甲斐ない姫様で)


「ね、昼、キースも一緒、いい?」

「え、はい」

「キースも、いい?」

「はい」


「キース=ソル=ノースです」

 キースが手を差し出し、その手をレイラが握り返す。

「あ、レイラで……す……」

 何故かレイラはキースと握手をしてから少しの間、固まっていた。


(ん?)

 その様子に疑問を持ちつつも、今は言及を避けておく。


「じゃ、いこ」

「はい」


 道中、レイラはキースをひたすら見つめて、口を開くことはなかった。


(もしかして……)


 レイラの尋常ではない熱視線に、僕の中で一つの予想が生まれていた。


 食堂は時間帯もあり、かなりの席が埋まっていた。

 テーブルが開くことはなく、僕たちは仕方なくカウンター席に座ることにした。


(ふむ)


 カウンター席で悩むことがこれ。


(三人……どう座ろう)


 席の前で悩んでいると、キースが僕の名前を読んだ。


「ディアナ、こち――」

「姫様、こちらへどうぞ」


 と思ったら、レイラがキースの言葉を遮るように僕を端の席へ座るように促した。


「う、うん」


 普段にはない強引さに少し戸惑ってしまう。

 僕が席に座ると素早くレイラは真ん中の席に座り、自然とキースはレイラの隣に座ることとなった。


 僕 レイラ キースの並び。


(レイラ……やっぱり……)


 予想は確信へ。


(間違いない。レイラは……)


 点と点は繋がった。


(キースに、惚れている!)


 そう考えると、あの熱視線。先ほどの強引な誘導も納得がいく。


(キースは確かにイケメンだからね。けど……)


 レイラがキースに付きっきりになり、僕が一人になってしまうことが予想された。


「レイラ、私、一人、しないで、ね?」

「……はい!」


 そのはっきりした返事に安堵する。


「注文、しよ」

「はい」


 三人で注文し、料理を持って席に戻る。


「ディアナ、何の教科が好きですか?」

「うん、と――」

「はい、姫様は算術がお好きです」

(ん?)


「そういえば、エルド様に教えていただいていたとのことですが」

「そう――」

「はい、姫様の才能にエルド様も気づかれたのでしょう」


(あれ? 僕じゃない?)

 さっきからやたらレイラに話しを遮られている気がする。


 隣を見ると、レイラとキースは笑顔で見つめ合っていた。


(レイラ、そんな……)

 二人の関係をみせつけられ、自分の居場所はもう、ここにはないことを悟ってしまう。


その後もレイラとキースは笑顔で喋りあっていて、そこに僕の参加する余地はなかった。


もうキースとは食べない。


そう、心に誓った。

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