第7話 仲裁
「ふぅ」
その日、ディアナは日々の友達のできなさを憂い、なんとなしに窓の外を眺めていた。
ガラガラガラ……
けたたましい音に気づきそちらに視線を移すと、そこには城の中に入ってくるいくつかの馬車が見えた。
「マリア、あれ何?」
「あれは行商人たちの一団ですね。各領地からの地産品などを持ってきているんです」
(ほぉ、なかなかに興味深い)
単純に異世界の品というものに興味があった。それにワンチャン友達ができる可能性だってある。
「行こう」
「かしこまりました」
友達を切望する思いと、姫というこの世界において有利な立場ということもありディアナのフットワークは前世よりも格段に軽くなっていた。
広大な城を歩くこと十分弱、マリアに案内され行商人たちが一時的に荷物を運び出しておく場所にやってきた。
そこにあったのは未知の野菜、果ては金属、なんてことはなく実際にはひたすらに頑丈そうな木箱の山、山、山があるのみであった。
急転直下の大失望だ。
そんな僕の雰囲気を感じ取ったのかマリアが話をつけてくれたようで、検品するときのついでに箱の中を見せてもらえることになった。
(どれどれ)
木箱の中身をのぞき込む。
「おお!」
そこには瓶詰めされた液体が箱いっぱいに詰められていた。
(これが俗にいうポーションというものか)
液体には緑色や透明、少し赤みがかったものまであった。
「マリア、これ、何の効果、ある?」
緑色のものを一つ手に取って聞いてみる。
「え?」
(何か驚くようなことがあっただろうか)
「ええと、しいていえば生と死を司るというか......」
マリアの歯切れが悪いのもしかたなかった。ディアナが持っていたのはただの水、性格には水質調査用に各地から集められた湖や川、井戸の水であったからだ。
そうと知らないディアナにはこの水が、異世界補正もあってポーションにしか見えなかった。
(ほうほう、マリアもなかなかに粋な言い方をしてくるな)
などと見当違いなことすら思っていた。
その後も形の悪い人参を見つけては――
(マンドラゴラ……)
華美に装飾された飾り用の剣に至っては――
(エクス、カリバー!)
前世、もうすぐ中二になるかといった年齢だったからか中二思考が開花しつつあるディアナなのであった。
そんなディアナの目に留まったのは他の木箱よりひときわ小さい木箱の中身だった。
その中には宝石や、小さな手鏡、簡素な人形などが綿で包まれて丁寧に詰められていた。
(この箱の中身は、まさか……魔術……的な何かではなかろうか)
全くの見当違いであった。
この城にいる者でディアナ以外なら誰でも気づくことができただろう。
(一見普通の人形に見えるこれも……)
何かあるんじゃないだろうかと人形をいじっていると――
ペキッ。
その音を聞いた瞬間、一気に全身の血の気が引いた。
少しの間口をぱくぱくさせた後にそっと元の位置に人形を戻した。
「お嬢様、何か気になるものでもありましたか。次の箱が開きますよ」
咄嗟に背後に木箱をかばう。
「ううん、なにも、すぐいく」
何もなかったことにした。
あの人形に後ろ髪を引かれつつも見品を進めていく。
(――なに! これは……ふむふむ……)
「ふう、おもろかった」
全ての箱を検品が終わったときにはもう、すっかり日は暮れていた。
「帰りましょうか」
「うん」
検品も終わり、そろそろ帰ろうかというそのとき――
「おい! どうなってるんだ!」
誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。
「何故こんなことになっている! 誰だ!」
(ぎくっ)
まさかと思い、騒ぎの方を見てみると――
案の定、そこにはあの人形の入っていた一際小さい木箱があった。
「お前か! あれは高貴な方への大事なおくりものだったんだぞ!」
「知らないし、俺は何もやっていない」
男はかなり興奮している様子で近くにいた人に手当たり次第といった感じで突っかかっていた。
僕の中の良心がキリキリと音を立てて締め付けられていく。
さすがに自分がやったことで、何の責任もない人に迷惑がかかるのは耐えられなかった。
気分はこれから断頭台に上がる囚人、緩やかに堂々とその場へ向かう彼女の瞳はこのとき深紅に染まっていた。
一方、周囲からは瞳を深紅に染めて向かうディアナの姿はむしろ仲裁を行う執行人の様にすら見えていた。
「何、あった?」
「ひ、姫様!? 申し訳ありません!」
男は僕を見るなり、すぐさま土下座をした。
と同時に僕の良心が悲鳴をあげる。
「いやっ、ち、ちが……」
「姫様への献上品を壊してしまいました!」
(ん? 僕への、献上品? て、ことは……)
「よかった……」
「へ?」
「大丈夫、壊したの、私」
男にありのままを正直に伝えた。
その事実を聞いた男はぽかんとした表情から一転して顔をくしゃりと歪ませ、少しの間を開けてから言葉をぽつぽつと吐き出した。
「っ姫様……感謝します……」
このとき、ディアナの言葉が男にはこの場を取り持つための優しい嘘に聞こえていた。
周囲からも、その場を自分の怒れる感情を押し殺して賢明な判断で鎮めた様に見えるディアナの対応に感嘆の声が聞こえてくる。
(ん? ど、どういう状況なんだ?)
一人、別次元にいるディアナなのであった。
「このご恩は一生忘れません」
「う、うん……」
とりあえずはなんとかなった様で一安心だが、いろいろ不可解であった。
何が何だか分からなくてもうこんなところに居たくなかった。
「マリア、帰ろ」
服の裾を引っ張り、帰りを促す。
「お嬢様、立派になられて……」
(マリアも一体どうしたんだ!?)
モヤモヤした心中で部屋に戻ると、少ししてあの木箱の中身が僕に届けられた。
(今日もまた災難な一日だったけど……)
「ふふっ」
宝石を少しつかみ、自分が魔術を使う姿に思いをはせる。
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