第6話 承認
S属性の騎士に遭遇した数日後。あの一件で少し人間不信気味になっていた僕は数日の間、再びマリアに本を読んでもらうばかりのひきこもりと化していた。
(けど、僕だってここ数日をただ怠惰に過ごしてきたわけでは無い。時は満ちた。今こそ、あの作戦を!)
夕食を食べ終わり、部屋に戻って話を切り出す。
「マリア」
「はい、何でしょうか。お嬢様」
「こっち、来て」
頭に、はてなを浮かべながらもマリアがこちらに来てくれる。
「ごにょごにょごにょ」
作戦という言葉の響きから、なぜか耳打ちで告げてしまっていた。
「つまり、料理に興味をもったから厨房で身分を隠して同じように働いてみたいと?」
頭をうならせつつ聞いてくる。
「そう」
僕が考えた作戦というのはいわゆる「お忍び」というモノだった。
実際の目的は料理では無く、もちろん友達捜しであったが。
「お願い」
上目遣いで祈るように手を組み頼み込む。
「う、いえ、しかし……」
あと一手。
「ダメ?」
「ぐはっ」
そんなこんなで交渉の末、マリアは渋りに渋ってようやく折れてくれた。
「でしたら、火には触れない、包丁も持たないと約束してくださるのでしたら。」
「大丈夫、触れない、持たない、危ないことしない」
食い気味に返事を返す。
「分かりました。絶対に約束を守ってくださいね」
諦めるように投げやりな返事だった。
「分かってる」
とりあえず最大の難所は突破した。
検討の結果、見習いとして明日の早朝だけ厨房に入るということになった。お忍びなのでマリアもおらず、完全に僕ひとりだけでだ。
「お嬢様。早くお眠りになられた方が良いかと」
「うん。おやすみ、マリア」
「おやすみなさいませ、お嬢様」
明日に期待と不安を膨らませつつ、興奮した心境でその日はなかなか眠れなかった。
次の日の早朝。
「お嬢様」
「おはよ……」
朝食作りの時間ということもあり、かなり早い時間に起きたのでまだ眠かった。
「急いで支度しましょう」
「うん……」
寝ぼけ眼で生返事を返す。
僕がぐだぐだしている間にマリアの手によって着替えは済まされ、いつの間にか見習い衣装を身に纏っていた。
さすがにこのままではダメだと思い洗面所に行き、顔を洗う。
ぺちん。
両手で顔を打ち、気合いを入れる。
「よし」
(準備は万端、そろそろいこうか)
廊下には早朝と言うこともあり誰もおらず、歩幅の狭さから少し遅くなったが無事に厨房の前まで来ることが出来た。
カツ、カツ。
厨房の中からこちらにくる足音が聞こえてくる。と思ったがどうやら前と後ろ、その足音は両方から聞こえてきているようだった。
コック~view~
上からのお達しで急遽、新人が二人も入ることになった。
(急に二人も、しかも新人を渡して一体何がしたいのやら)
意味不明な人事をする上に思いをはせていると入り口の方から足音が聞こえてきた。
部屋の時計を見て時刻を確認する。
(遅れているな、こういうのは最初が肝心だ)
ガチャッ。
入り口の前にいるであろう新人に向けて言葉を放つ。
「新人! お前らおそ、い……こほん」
(なぜだ、なぜ姫様がこんなところにいらっしゃる!)
マリアが許可した理由の一つがこれだった。銀髪という特徴的な髪色は珍しく、この城で見るとしたらディアナか皇帝くらいのものだった。
(いや待て、まだ姫様と決まったわけじゃ無い。偶然、そう何かの偶然のはずだ)
「え~新人の方、お名前は……」
「ディナ」
(姫様だ)
偽名と言うにもおこがましい、もはや隠す気はあるのだろうか。
もう一人の新人は、というと姫様の後ろで姿勢良く直立していた。見習いの格好で、何故か腰に剣を携え。
マリアがさすがにディアナ一人だけではということで騎士団に手配をしていたのだった。
(騎士だ)
こちらはもはや隠す気がないようだ。
「そちらのお名前は」
「ラインです」
その声を聞いて、姫様が瞬時に後ろを振り向いた。
こちらを向き直したときには彼女の顔色は元々混じりない純白であったが、今はそれを通り越して真っ青になっていた。
この時点で何となくどういうことかは察することが出来た。
(とりあえず、姫様には簡単なことでも頼んでおこう)
「ではディナ様、とりあえずこちらの野菜を洗っておいていただけますか?」
「わかった」
「いえ姫さ……」
「しぃぃぃぃぃ」
「ディナ様、こういうことは俺が」
「では私も料理があるので……」
(これで当分はだいじょうぶだろう。というか、隠しているつもりだったのか)
少し離れて、二人を見守る。
「ライン、凄い、かっこいい」
「そうですか?」
「もっと、速く」
「はい、姫様! うぉぉぉ」
姫様の応援で騎士が野菜を凄い速度で洗っていく。
完全に騎士が野菜に夢中になっていると姫様が足音を消してゆっくりと移動し始めた。
(何処に行くんだ?)
動向を見守っていると姫様はなんと料理人、そして見習いですら一人一人に声をかけ回っていた。
声をかけられた料理人たちは誰もが、姫様と気づいて恐縮している様子であった。
(なんと言うことだ。まさか姫様はこのために……姫様は我々一人一人の働きを見に来てくださったのか)
確かにディアナは料理人たちに話しに来たといえるのだが、それは想定していなかった効果を発揮していた。
姫様という存在が同じ立場に立って、自分たち一人一人を見てくれているという承認感。
見習いに至るまで声をかけていたということもあり、彼らのディアナに向ける忠誠心は爆上がりしていた。
そして、ベテランから見習いに至るまで全ての料理人の心は一致した。
(姫様に我々の本気を見せねば)
その日の朝食、盛られたサラダの形は全て均等で、焼き上げられたパンの食感は絶妙、皿への盛り付けに至るまでの全てにおいて料理人たちの魂が感じられるような料理の数々であったという。
もちろん、今日もディアナに友達ができることはなかった。
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