第17話 舞踊

 陽光がひときわ照りつける真昼間。

 昼食も食べ終えたこの時間。

 それだけでも十分だというのにその上……


「……嬢様。お嬢様」

(なんか、揺れてる……んぅ? ……マリア?)


「はっ」

(まただ、また寝てしまっていた)


「どうしたんですか、お嬢様。最近よく昼寝をとられていらっしゃるようですが。あまり夜眠れていないのでは……」

(ぎくっ)


「う、うぅん。寝れてる。最近、昼寝の気分。それだけ」

「そう……ですか?」


(ぎりぎり回避できた……かな? 危なかった。夜の勉強ができないと本当に積む。あのおじいさん、明らかに授業スピードおかしい)


 最近、連日の深夜に行う予習勉強のせいで日中はよく睡魔に襲われている。


「では、そろそろ移動しましょうか」

「ん……」

(ねむた……)


 うとうとしながらついた部屋にはピアノがただひとつ。

 ここではダンスの授業が行われる。

 座学はすべてエルドの担当となったが、これだけは引き続きマリアの担当となっている。


「本日の授業の内容としては……」


(うん、うん、ん……)


「……と、こんなところですね。レイラ、仕事もあって疲れがたまっているとは思うけど大丈夫?」


 ダンスのパートナーは最初から何故かレイラに決まっていた。

 何度かこの授業を受けていた中でレイラがマリアのことを母さんと呼んでいることに気づき、娘だと知ったときは驚いた。


「私は大丈夫だけど、姫様が……」

「え?」


 マリアとレイラの目線の先には、立った状態のままコクコクと頭を上下に振るディアナの姿があった。


「お嬢様!」

「はっ」

「レイラ、すぐ弾くからお嬢様を」

「わかった!」


 レイラがディアナの手を取ってダンスの姿勢をとると同時に、マリアによって奏でられるクラシカルな曲が流れ始める。

 意識が朦朧としている中においても、体に染み付いた反射とレイラの巧みなリードによってなんとかダンスの体を成す。


「姫様、起きましたか?」


 レイラのささやき声、至近距離にある彼女の顔。

 それに気づくと目は一気に覚めた。


「はいっ」


 と同時に五感が鮮明になり、柔らかな、ほのかに温かいものを両手に感じた。

――瞬間、鼓動は加速し、顔が上気する。

 すでに彼女とは何回か踊っているが、こればかりは直らない。


「姫様、お上手です」

(ひぁっ)

 耳元でささやかれる、レイラの声がこそばゆい。


「あ、ありがと」


 たびたびそんな言葉が飛んでくるものだからますます僕は上がってしまう。真っ赤になっているであろう顔を見られていると思うと、それもまた恥ずかしくてたまらなかった。


「姫様」

「ん」


 ときおりレイラから合図が入る。それに合わせて僕は回転する。

 実際、このダンスはレイラがすべてを回していた。

 僕にはタイミングがほとんど分からず、そのときが来たら彼女が動作をするように誘導してくれている。

 そのため、スムーズに体が動かせるという点でダンス自体は気にいっている。


 マリアが曲を弾き終わり、レイラとの何度目かのダンスも終わりを迎える。

 踊っている間は長くも、終わってしまうと物足りなさを感じた。


 パチパチパチ……


「お嬢様、レイラも。二人ともよくできていました」

(ほとんどレイラのおかげなんだけどね)


「一通り基本の動作は身につきましたのであとは細かいところと反復練習ですね。いろんな曲を弾きますので感覚を掴んでいってください」


(うぅ……)

 ダンス自体は楽しかったが、ペアがレイラだというところでどうしても緊張してしまうことが分かっていて複雑な心境だ。

 ダンス中にこちらをみつめる彼女の透き通った瞳を見ると、なにか申し訳なくなってくる。


「二人とも、準備はよろしいですか?」

「姫様」


 そういって差し伸べられるレイラの手。


 ぐにぐにぐに……


 すぐさま、手汗を拭う。


(よし……無心、無心だ)


 無心を意識している時点で、すでに無心ではない。


「ん」


 一言、返事をして彼女の手をとる。


――悶々とした、僕にとっては悩ましい時間が再び始まる。

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