第18話 舞踊 レイラside

 それは、突然の誘いだった。


「レイラ、お嬢様のダンスの授業中、男性パートでペアになってもらえない?」

「本当!」

「ええ。レイラも忙しいでしょうし、もしよければなんだけど……」

「やる! 私にやらせて!」

「ふふ、よかったわ。レイラがこんなにも乗り気で」


(うぅ)

 つい、食い気味に返事をしてしまったが思い返すと恥ずかしい。


「けど、どうして私に?」

(普通、男性パートなら男性がするのが当然だと思うけど……)


「そ、それは……」

(それは?)


「レイラなら一生懸命やってくれるでしょう?」

「もちろん」


(確かに、姫様のためならなんでも精一杯できる。けど……)


 なにかはぐらかされたように感じた。


(まぁ、いっか。ともかく、姫様とダンスできるんだから。姫様……)


 すでにこのときレイラの頭の中ではディアナと二人、手を取り合い、優雅にステップを踏む未来が幻視されていた。


「それに――」


 マリアの話すことにすら右から左に流してしまうほどに、そのときは天にも昇る心地だった。


「レイラ?」

(え? あっ)

「ごめんなさい。ちょっとぼぅっとしちゃって……」

「わかったわ。今度はしっかり聞いておいてね」

「うん……」

「それに、私がレイラとお嬢様を授業中に同時に見るのは難しいの。それでレイラには時間の余裕があるときに、私が教えるから先に練習しておいてもらいたいの」

「わかった。姫様の迷惑にはならないよう頑張る」

「そんなに気負わなくてもいいわ。お嬢様と、お互い支え合って成長してくれれば」

「お互いに……」


(姫様を私が……そうだ、あのとき誓ったことだ。今度は私が姫様を……)


 この日、レイラの誓いはより強固に。

 そしてディアナを支えられるよう、マリアとのダンスの練習に励んでゆく。

 練習はレイラのディアナに対する思いに比例した熱量をもって取り組み、マリアの想定を遙かに超える速度でダンスを上達させていった。

 それは今までのレイラの人生の中ではごく短いながらも濃密な時間であった。


――授業は始まり、それからおよそ二か月が経った。


「……と、こんなところですね」


(あぁっ……ほっ……あぁっ)


 マリアの説明中だというのに、どうしても集中できない理由があった。


「レイラ、仕事もあって疲れがたまっているとは思うけど大丈夫?」

「私は大丈夫だけど、姫様が……」


 視線の先、姫様の体がふらふらと、そして頭は上下に振れている。


「お嬢様!」

「はっ」


 一瞬だけ確かに目は開いたが、いまだ完全には起きられていないようだった。


「レイラ、すぐ弾くからお嬢様を」

「わかった!」


 すぐさま姫様の手を取り、曲に合わせてステップを踏んでいく。

 姫様の動きは最初、おぼつかなかったが徐々に目を覚ますにつれ調子を取り戻していった。


「姫様、起きましたか?」


 そう問いかけ、起床を促す。

 姫様の半開きだったまぶたが完全に開く。

――瞬間、金色の瞳が深紅に染まる。


 二人ではじめて手を取り、ダンスをしたとき。そのときも姫様は真祖の特徴を発現された。

 はじめは私がなにか粗相をしてしまって、怒っていらっしゃるのではないかとひどく不安に駆られたのを覚えている。

 その不安を母に打ち明けたところ「姫様はダンスが楽しかったと言っていた」と聞いて気がついた。

 もしかしたら怒ってではなく、楽しさのあまり真祖の特徴が現れたのではないかと。

 それからも何度かダンスをし、そのたびに姫様は真祖の特徴を発現されていた。

 ダンスの始まりから終わりのみ深紅に染まるその瞳、元々白い肌にくっきりと浮かぶ紅を見て、推測は確信に変わった。


 姫様は本当に私とのダンスを楽しんでくれていて、そのあまり真祖の特徴が発現しているのだと。

 ダンスをただただ楽しんでいる純粋な姫様に自分にはないものを感じ取り、支え、守っていかなければいけないという気持ちはさらに大きくなった。


「姫様、お上手です」

「あ、ありがと」


 いまも、褒められて照れていらっしゃるその様子に、高貴な立場にいても失われないその純真さに、日々この想いは増していく。


 パチパチパチ……


 ダンスは終わり、姫様の手が離れる。

 達成感。それと、寂しさを感じた。


「お嬢様、レイラも。二人ともよくできていました。一通り基本の動作は身につきましたのであとは細かいところと反復練習ですね。いろんな曲を弾きますので感覚を掴んでいってください」


 授業の時間はまだまだある。


「二人とも、準備はよろしいですか?」

「姫様」

 さし伸べる手に様々な想いを乗せて。

「ん」


 姫様が手をとる。


――瞬間、染まる瞳。


――胸弾む、私にとっては夢のような時間が再び始まる。

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