第12話 嫉妬
――場面は戻り先のことから現在、僕は使用人たちのリアルな現場というものを目の当たりにしている。
「ちょっと! 聞いてる?」
(ひっ)
一旦顔を引っ込める。
(やっぱ怖い、僕が行っても行かなくても……)
僕が行ったところでたいした加勢にはならないだろう。二人の女性とはいえ大人に、今の僕のような華奢な女子一人が立ち向かったところで勝てるわけがない。
(けど……やっぱり、逃げちゃダメだ。こんなでは今までの僕と何も変わらない。変わるためにもここで逃げ出すわけにはいかない!)
覚悟を決めて、鳴りやまない心臓の鼓動を感じつつも角から一気に飛び出す。
「ん?」
女性たちに気づかれた。
「……」
そういえば台詞を考えていなかった。恐怖のあまり脳も働かず、思考が定まらない。
(やばいやばいやばい)
コツコツコツ……
女性たちがこちらに近づいてくる。
近づいてくるにつれ身長差が如実に表れ、女性たちは自然と僕を見下ろす形になる。
結局、僕とレイラのポジションが変わっただけの形になってしまった。
「なに、あなた。何か用」
この世界に来て、初めて敵意を感じた。
「ちょっと、うつむいてないで顔を見せなさい!」
もう一人の女性に額の髪をつかまれ、顔を持ち上げられる。
(痛っ!)
思わず、痛みと恐怖で顔が引きつった。
「ひっ」
女性が僕を持ち上げていた手を離す。
僕の顔を見て女性たちは何故か、信じられないものでも見たかの様な表情を浮かべている。
今日の僕の変装は完璧で、確かに髪の色も染めてきたし女性たちとの面識もないはずだ。
(何にしろ、僕を見て後ずさっているなら)
そう思い、目一杯女性たちを睨みつける。
女性たちの顔色はもはや恐怖のあまりといった具合に青ざめ、おびえた様子で部屋を出て行った。
(よかった……)
一気に全身の力が抜ける。
(けど、もしかして僕の目つきってそんなに悪いのか? まあ、それは置いといて……)
「レイラ、大丈夫?」
あんな暴力的な女性たちに絡まれていた彼女が心配だった。
彼女はうつむいたままで表情はみえないが、小刻みに肩が震えているのが分かった。
(わかる。本当に怖かったもんね)
このときばかりはレイラの気持ちが手に取るように分かった。
あんなことがあったが、僕より先に泣いている彼女がいて落ち着いてきた。
「ディナ、うっ、本当に、ごめんなさい……」
油断しているときに突然、レイラはそんなことを言いながら顔を隠すように頭を下げて、謝ってきた。
「私が……勝手に、嫉妬して……それなのに……」
彼女の言葉は途切れ途切れで途中何を言ってるのかよく分からないところもあったが、だいたい……
(嫉妬が原因で女性たちともめていて……えっと、それと……来てくれてありがとう、ってとこかな?)
さっきの女性たちとの間に何があったのかは分からないが、この様子なら友達になってくれるような雰囲気を感じた。
(これは――いける!)
心の中でGOサインを出した。
「いい、私も、気持ち、分かったから」
誰でもあんな状況では恐怖で固まってしまうものだ。僕もそうだった。女性たちが何故か逃げてくれたからよかったものの、結構危なかった。
「そ、それで……その……と、友……」
いざ友達になってと言おうとするとなかなか口に出せず、照れてしまって目が泳いでしまう。
「と、ともだ……」
「ディアナ……様……」
いつからかそうだったのか涙目でぼぉっ、とこちらを見つめるレイラと目が合った。
(ん? 何か今……)
「姫様……お許しいただきありがとうございます」
(な、なんで……)
「ディアナ様の寛大な心に触れ、自分の狭量な心に気づかされました」
(なんで……)
「私も、母のように立派な使用人になって……いつか、いつか必ず姫様に、今日かけた迷惑の何千倍もの恩を返して見せます」
(ばれて、いるんだ……)
「そう……」
ばれていたことの衝撃でほとんど話を聞いておらず、ただ反射的に生返事を返す。
(あぁ……また……いつになったら、対等な友達ができるんだ……)
その後、どうやって帰ったか記憶は曖昧だが気づいたときには日は落ち、僕はベッドにうつ伏せの状態でいた。
「だめだった」
「何がでしょうか?」
つい、つぶやいてしまったがマリアにはこのミッションついて建前の理由を言ってしまっていたため、本音は言えなかった。
「なんでもない」
気が立っていて、とげのある言い方になってしまった。
「お嬢様、何事も一度や二度の失敗はあるものです。私もお嬢様の年くらいには失敗ばかりでした。成功ばかりの人間なんていません。いくつもの失敗を積み重ねての後に、成功があるんです」
「マリア……うん、そう、諦めない、絶対に」
(そうだ、まだまだこれからだ)
「はい。その意気です、お嬢様!」
打たれ弱いが、復帰は早いディアナなのであった。
「次、こそは……」
いつか、お互いに身分を気にせず喋れる友達が出来ることを夢見て。
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