第31話 宣誓

 窓から差し込んだ、一筋の陽光がまぶたを越えて眼球を刺激する。


「ん……」

(あ、さ……おき……)


 理性は目覚めを求めるも、本能がそれを凌駕する。


(やぱ、む……ん?)


 さらさらとした何かが、顔に触れている。

 フローラルな香りが鼻孔をくすぐる。


(そう、いえば……レイラ……)

レイラと一緒に寝ていたことを思い出した。


(……あれ? てことは……)

さっきからずっと何かを抱きしめている感覚があった。


(うん、なるほどね……ぃ)


「――」

 悲鳴は言葉にはならなかった。


 コツコツコツ。


「ひっ」

(ごめんなさいっ!)


 どこからか聞こえてきたノック音に咄嗟にレイラから離れ、飛び起きる。


 コツコツコツ。

(ひっ)


 再び、さきほどと変わらない音がした。


(いったい、どこから……)


 ベッドから降り、恐る恐るその音の発生源を調べに行く。


 コツコツコツ……


(近い、その窓か――)


 窓の外。こちらをみつめる二つの眼と目が合った。その目からは何の感情も伺うことは出来ず、その内に狂気を感じた。


(……鳩?)


 ハトだった。

 そのハトは身体に何かぶら下げていた。


(こ、これは……手紙!)


 伝書鳩という、自分の中で絶滅危惧種的な存在を初めて目にして感動を覚えた。


 僕が手紙を受け取ると、ハトはどこかへ飛び去っていった。


(かしこ……)


 しばらくの間、僕は飛んでいくその純白の雄志に目を奪われていた。


「あの、おはようございます。姫様」


 その声に振り向くと、そこにはワンピース姿のレイラがいた。

 昨日は見れなかった、普段にはないその姿にどきりとする。


「おはよ」

 努めて冷静に返事を返す。


 レイラを見て、朝の件が思い出される。あの触感、香り、どれをとっても僕には劇物だった。


(ふぅ、落ち着け)


「姫様、それは?」


(ん?)


「これは……」

(誰からだろう)


 差出人を見てみると、そこにはエルド=ヴォルクと書かれてあった。


(エルドから……なんだろ)

 手紙を読み進めていく。


(うん、うんうん。やった! ――ん? んん!?)


 手紙に書かれていたのは衝撃的な内容だった。


「レイラ、走って!」

「え、姫様?」


 急ぎ、レイラの手を取って部屋を出る。


(まずい。あれが本当だとしたら……)


「あの、どこに」


(そんなの、嫌だー!)


「姫さ――」


 焦燥を露わに目的の場所へ走って行く。


「はっ、は」

 息を切らしながら着いたのは校舎の前にある掲示板。

 そこには今年度の入学生の名前が成績の順に並べられている。


 その初めの文字を見て一瞬、気が遠のくほどの衝撃を受けた。


『ディアナ=デア=サウス』


 一番始めには僕の名前があった。


(あ、あぁ……)


 絶望のあまり、膝から崩れ落ちた。


「姫様!?」



 レイラに支えられて、なんとか部屋に戻ってきた。


「どうしたんですか?」

「レイラ、これ」


 先ほどの手紙を渡す。


 レイラが手紙を読んでいる間、ずっと脳内では未来への不安だけが渦巻いていた。


「姫様、まさか」

「……うん」

「おめでとうございます!」

(めでたくないんだよ)


 手紙に書かれていたのは、僕が成績最優秀者で掲示板には成績順に名前が書かれていること、それと最優秀者は入学式の時に新入生代表として一年生徒の前で話さなければいけないということ。


「ぐすっ」

 泣けてきた。


 大勢の前で話すなんてこと僕にはとてもできない。

 きっと緊張で固まってしまう。

 うまく話せる自信がない。


(もう帰りたい)


「姫様……」

 レイラに抱きしめられ、その胸の中で静かに涙を流した。


(……よし)


「ありがと。もう、大丈夫」


 落ち着き、冷静になってくると諦めもついた。


(入学式まではあと三日。もう決まってしまったことなんだから、くよくよしてても仕方ない。考えなければいけないことは無難に、噛まずに、うまく入学式を乗り切ることだ。時間はない、急げ!)


「レイラ、手伝って!」

「はい!」


 レイラに手伝ってもらい、一日目はなんとか台本を完成させ、二日目にはそれを覚えようと練習を繰り返した。


 そして迎えた当日――


(大丈夫、大丈夫だ。準備はぬかりない)


 席についてからというもの、深呼吸を何回繰り返しても落ち着かない。


(メモは……うん、しっかりポッケに入ってある)


 ずっとメモを見るのも情けないと思ったから、ある程度は覚えたけど、完璧には覚え切れていなかった。


(まだ時間はあるし、確認しておこう)


『 太陽の光に満ちあふれ、生命の息吹を感じるこの季節。


  私たちは入学式を迎えることとなりました。


  本日はこのような立派な入学式を行っていただいたこと、大変感謝しています。


  六年間の内に多くの人と交流をもち、私は親友を得るという私の夢を叶えたいと思います。


  生涯に渡って付き合っていける友は私たちの人生に繁栄をもたらすでしょう。

  

  今回の新入生代表という名誉を得たことにおごらず、これからの学園生活を通して学業はもちろんのこと、心身共に更なる成長を目指したいと思います。


 新入生代表 ディアナ=デア=サウス 』

  

(うん、問題ない。これを聞いてくれたらみんな僕が友達をほしがっているってわかってくれるはず)


 確認している間に周りの席はほとんど埋まっていた。何もすることがなく周囲の声に耳を傾けていたとき、こちらに向かってくる足音を捉えた。


「ディアナ?」


(ん?)

 まだ知り合いもいないはずなのに、気軽にかけられたその声の方向に疑問をもちつつも顔を向けた。


(ぁ……)


「久しぶり……ですね」

「……キース」


 そこにいたのはノース・オリジンの皇帝候補、キース=ソル=ノースであった。


 それは三年ぶりの邂逅。その中で記憶は薄れ当時の悲しさもなくなっていたけど、あのことはやはり許せなかった。


「お元気でしたか」

「はい」


 素っ気なくを意識して怒っている感を出してみたけど特に反応があるわけでもなく、伝わっているのかよくわからない。


「それは?」

 その目線はメモ用紙を示していた。


「新入生代表、です」

「そういえば、おめでとうございます。さすがですね」

「ありがと」


(そんな褒めたって。簡単に許すと――)


「本当に凄いことですよ。大陸一のこの学園で百人以上を抜いて新入生代表の座を得たのですから」

「……ふふん、まあ、そうですね」


 許した。


 それからは話も弾み、僕も気づかないうちに緊張はほぐれていった。


「では、これより入学式を始めます。生徒の皆さんは席に座ってください」


「ディアナ、また後で」

「また」


 適度な緊張感の中、入学式は粛々と進行していく。


「新入生代表、ディアナ=デア=サウス」


「はい」

(よし、いける)


 長ったらしい大人たちの祝いの言葉は終わり、遂に僕の出番が訪れた。


 一歩一歩、姿勢に気をつけて壇上への道を歩いて行く。

 視線は前だけを向き極力、生徒の方は見ない。


 壇上につくと、そこから見渡せる生徒の多さ、その全ての目線が僕を貫いていることに恐怖を感じた。


 その恐怖になんとか抗い、最初の一声を発する。


「――」

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