第14話 賢者

 僕が私になって八年。

 去年は激動の年だった……

 数多の探索の末に幾人との出会いを果たした。それはよかった。しかし、肝心の友達を得ることはできなかった。何がたりなかったのか?


 マリア曰く、失敗の上にこそ成功はあるのだと。

 それが本当なら、僕の失敗が足りていないのだろう。


 もう、二十年は友達がいないんだけど……


「お嬢様、どこか分からないところでもありましたか?」

「ん~ん」


 否定の意を込めて横に首を振る。

 少し、集中が途切れてしまっていたみたいだ。


(集中集中、今は問題を解こう)


 八歳になったことで予習が始まった。無駄に大きな黒板がある部屋で、どの教科もマリアが教えてくれている。

 僕がいま解いてるのは算術の初歩、四則演算の問題だ。


(九割る、三は……三。十二割る、四は……三……よし、できた)


「マリア、解けた」

「え、早いですね。どれどれ……すごいです!お嬢様、全問正解です!」

「すごい?」

「はい、すごいです! お嬢様」


(勉強がこんなに楽しく感じられるなんて……)


 前世でいちど習っているということもあり、簡単に解けた。


「次」

「はい、では次はもう少し難し目を解いてみましょうか」

 カキカキカキ……

「はい」

「……こちらも全問正解。さすがです、お嬢様」

「よゆう」


 マリアにおだてられるままに、どんどん問題を解き進めていった。


「では、算術はここまで。すこし、休憩しますか?」

「いい、次、やる」

 今は勉強が楽しかった。


「わかりました。次は、戦術……ですね」

「戦術?」

「はい、今は特に深く考えないでいいですから」


(え、逆に怖いんだけど……)


「まずは、これをやりましょう」

 そう言って取り出したのはモノクロ模様のはいったボードと様々な形の駒だった。


(チェス?)


 チェスなら何回もやっている。

 もちろん、友達がいなかったからネットで。


「ルールは……」


(なるほどなるほど)


 違いはキングがエンペラーと呼ばれていることくらいで、他は一緒だった。


「では、実際にやってみましょう。先攻は私からでいいですか?」

「うん」

「では……」


 コツコツコツ……


「負け、ですね……」

「勝った」


 擬似的にでも誰かと遊べる、という感覚にはまって何度もしていたからそこそこには自信があった。


「もっかい」


 画面以外で駒を動かし、対戦相手がそこにいる感覚に感動した。


「分かりました。次は本気で参ります。お覚悟ください」

「望むところ」


 コツコツコツ……


「……」

「ふっふ~ん」


(やばい、楽しい)


「もっかい、もっかい」

「いえ、お嬢様。そろそろ昼食の時間ですので、また次の機会に」


 こころなしか、マリアの顔がひきつっているようにみえた。


「う~ん。わかった」


(戦術の授業、ずっとマリアとチェスしてるだけとか最高だな。それにどの授業も、このぶんなら苦労せずにすみそうでよかった。)


――マリアside


(お嬢様の吸収力がすごい)


 算術はいちど説明しただけで、完璧に理解している様子だった。

 戦術のチェスに至っては一度の説明で駒の動きを覚えるのはもちろん、定跡すらも知っていたかのようになぞれていた。


 この飲み込みの良さは、はっきり言って異常だ。


(やはり、真祖だからだろうか)


 なんにしろお嬢様の驚異的な吸収力の前では私に教えられることの限界も近い。


(これは、なにか手を打たないと……)


「マリア、どしたの?」

「いえ、なにも。ただ、お嬢様のあまりの賢さに驚いていただけでございます」

「えへへ。そう? 私、賢い?」

「ええ。同年代の子供と比べたら遙かに賢いですよ」

「やっぱり?」


 お嬢様のこの子供らしい可愛さを見せつけられると、何もかもがどうでもよくなってくる。


(学園の一年の範囲くらい、私でも教えられないことはないはず……はっ! いやいや、冷静に考えないと)


 私がお嬢様の成長を妨げるなんてことはあってはいけない。

 お嬢様なら、いづれこの世の森羅万象を理解することも可能だろう。

 そんなお嬢様を教える講師が私ていどであっていいはずがない。


(やはりここは、あの方に……)

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