第30話 初夜
レイラが受付にいき、そのことを訪ねたところミスだと、明日届けるとのことだった。
(え、てことは……)
「あの……私は床で大丈夫ですから。ベッドは姫様が使ってください」
「ううん、床は私。レイラがベッド」
「いえ、それは――」
「いえいえ――」
なんてことがあって結局――
「わかった。私も、レイラも、ベッド!」
「そうですね!」
議論が終わる頃には日は暮れていた。
夕食も食堂で摂り、また寮に戻る。
就寝――そのときは刻々と近づいていた。
「姫様」
「はいっ」
(しまった、意識しすぎた)
「え、あの……大浴場にいきませんか」
「あ、あぁ、いこいこ」
(ん? どこだって?)
レイラに案内されるままに寮の中を歩いて行く。
(こ、ここは……)
「ここ、ですね」
「お、風、呂……」
「姫様?」
(これはまずい。何がまずいって、もう、なにもかも)
「レ、レイラ、私……」
引き返えそうかと思ったそのとき――
(あ、あれは)
来た道から女子の集団がやってくるのが見えた。
(あわわわ)
前門の
どうしたら良いか悩んでいる間にもその集団は距離を詰めてきていた。
(ひ、ひぃぃぃ)
そうして後方より迫り来る女子たちの圧に負け、僕は禁忌の領域への一歩を踏み出してしまった。
脱衣所につくと、自分の視線を遮るために速攻でロッカーの前に張り付く。
隣からはレイラが服を脱ぐ音が聞こえてくる。
「姫様?」
「うう」
自分のを見せるのも、誰かのを見るのも恥ずかしかった。
「あっ、すいません。お手伝いしますね」
(ひぃ)
「い、いい」
こうなるともう、脱ぐしかない。
「姫様……」
脱ぎ終わると、レイラから漏れるように声が聞こえてきたけどその意味はよく分からなかった。
「はやく、いこっ」
「は、はいっ」
勢いよく扉の前まで来たものの、気づいてしまった。
(この、先には……)
脳内に僕の想像でき揺る限りの桃源郷を思い浮かべる。
(うっ、だめだ。刺激が強すぎる。こう、なったら……)
「ん」
目をつむり、レイラに手を差し伸べる。
「へ?」
「いいから、行って」
「はいっ」
そうして僕は目をつむったまま、レイラに手を引かれ桃源郷へと足を踏み入れた。
何処を歩いているのかはわからない。レイラの手の感触、雑多な喋り声、情報はそれくらいしかなかった。
歩いていると徐々にその情報に変化が生じた。
統一感のなかった何人もの喋り声のすべてが、小さく、ひっそりとした、まるで噂話をするかのような声に移り変わっていく。
(な、何?)
突然の変化に不安を覚えた。
目を閉じているからなにが起こっているのかわからない。
目を開けると確認できるけど、女子たちも見てしまうことになる。
(ぐぬぬ)
葛藤が生じる。
結局――
(一瞬、一瞬だけだ!)
目を開ける。
瞬間――僕の目に映ったのはこちらを見つめるいくつもの視線だった。
一気に多くの視線を浴び、しかもたくさんの肌色を見てしまった僕はフリーズした。
「あの、姫様?」
(はっ)
再起動すると、見られるのも、見ているのも、全てのことが恥ずかしくなってくる。
「レイラっ」
「ひ、姫様?」
目を開けたまま、なるべく人目につかなそうな端のシャワーをめがけてレイラを引っ張り、早足で歩いて行く。
「ふぅ、危なかった」
「姫様?」
レイラの頭に?がいっぱい浮かんでいることはわかっていた。けど、それに対するうまい返答が思いつかなかった。
「さ、シャワー、シャワー」
結果、僕はこれまでの奇行を全て無かったかのように振る舞うしかなかった。
鏡の前に座ると、レイラは自然に僕の背後についた。
「では、背中から流していきますね」
「ん……」
慣れというのは怖いものだ。
僕は当たり前のように人に洗われることを受入れていた。
「力加減は大丈夫ですか」
「大丈夫」
その手つきは、ぎこちないながらも優しいものだった。
レイラが背中を洗い終わり、腕に手を伸ばしたところで制止の声をかける。
「待った」
「えっ」
ここにきて、恥ずかしさを感じてきた。
きっとそれはレイラだから。いつもマリアに洗ってもらっていて抵抗がなかったのは生まれたときからそうだったから。つまり、マリアは家族感覚。レイラは……友達感覚?
「他、自分で、できる」
「そう、ですか……」
落ち込ませてしまった。
(レイラ……)
レイラが座ったところで素早くその背後をとる。
「レイラ、お返し」
「え、姫様? あ、ありがとうございます」
レイラも背中に手が届かないだろうし、励ます意味もこめて背中を洗っていく。
その際は彼女の身体を見ないように目をつむって、鳴り止まない心臓の鼓動を感じつつ。
身体を洗い終わると、すぐに浴場を出た。
僕も本当なら湯に浸かってゆっくりしたかったけど、あの環境じゃさすがに僕の心臓がもたない。
それにもし前世が男だったことがばれたら……と考えると罪はあまり重ねたくなかった。
いつも、心の中では前科持ち。
脱ぐ時とは反対に迅速な動きで服を着て、すぐさま更衣室からも脱する。
そうしてピンチを脱したというのに僕の心には、いまだ不安が蠢いていた。
大浴場からの帰り道。元々少ない僕の口数は完全にゼロに。思考はあのことで埋まっていた。部屋に近づいていくにつれ心臓の鼓動は早く、小刻みになっていく。
そんな調子で足の感覚もないままに歩いて、気づいた時には部屋のドアは目前にあった。
部屋に入ると視界の端にベッドがちらつく。
「レイラ、お茶、入れて」
「はい」
どうにか心を落ち着かせたかった。
「ふぅ」
茶の香り、その温かさが心を落ち着かせる。
(今日は……いろいろあったな……)
思い返せばめまぐるしい一日だった。
(う、ん……)
急激な変化に身体は疲労を覚えていた。眠気を感じる。
「姫様、着替えましょう」
「ん……」
就寝用のワンピースに着替える。
「姫様、私も着替えますから先に入っていてください」
(ん……)
ベッドに入る。
(おやす――)
そのまま眠りそうだったところに、布がこすれる音、ひもがほどける音、レイラの着替える音が耳に入ってくる。
瞬間――目は覚め、心拍は加速する。
灯りを消し、こちらに歩いてくるのを感じてすぐさま背を彼女の方向に向けた。
「失礼、します……」
レイラと僕の背中が触れ合う。
レイラが入ってきてからしばらくは、心臓の鼓動が伝わっていないことを祈って、それを抑えることに集中していた。
「レイラ……起きてる?」
「……はい」
「今日、ごめん。お風呂、ゆっくり、はいれなかった」
一言謝っておきたかった。
本当、レイラには悪いことをしたと思っている。
僕が出ると言ったらきっと彼女もついてきてくれることはなんとなくわかっていた。
それなのに僕は完全に私情のために、今日一番の功労者のレイラを湯に浸からせなかった。
「姫様……お心遣いありがとうございます。ですが、私のことは気にしないでいいんです。私は、姫様と一緒にいられるだけで十分に幸せですから」
「……そう」
その無機質な台詞とは裏腹に心の中では大嵐。
(くぅ! そ、そんなこと言われたら――)
再び、鼓動は加速する。顔に熱が集まっていくのが自分でもわかった。
立場を考えれば、お世辞の可能性だってある。
しかし、そのフィルターを貫通するほどの威力をレイラの言葉は持っていた。
嬉しさが溢れ出す、それは胸を埋め尽くしてもなお止まらない。
悶えている間に、夜は過ぎていく。
幸せと、温もりに包まれて。
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