第二部

第29話 初夜

「姫様」

差し伸べられたレイラの手を取り、馬車を降りる。

「おぉ……」

眼前の光景。その威容に思わず感嘆の声が漏れた。


視界いっぱいに広がる広大な校舎。それに併設してビルのように高くまっすぐ伸びた時計塔。


「寮は……あっちですね。姫様」

「ん」


レイラと手探りで寮への道をたどっていく。


「ふぅ」

(疲れた)


先週はずっと部屋に籠もってマリアにひっついて動かなかったからだろう。体力の低下を感じる。


「姫様」

「ありがと」

受付からレイラに鍵を受け取ってもらい、それを僕が受け取る。


(しかたない。しかたない。受付対応はまだ早い)

その言い訳は誰に対してか、自分でもわからない。


部屋に着き、まずはレイラと協力して事前に送っておいた荷物を整理する。

気に入った本、ぬいぐるみ、宝石コレクション。他にも色々。


持ってくる物を選ぶときは本当に悩んだ。どうにも物を捨てることが出来ずいつか使うと考えるとどれもが必要に思えた。


(だというのに……)


六学年分の参考書に容量をとられ、僕は送る私物を更に厳選せざるを得なかった。


(くぅぅ)

この鬱憤、晴らさずにはいられなかった。


(このっ)

参考書の束の底に手を差し込み、思い切り持ち上げ――


「んっ!」


(……あれ?)


もう一度力をいれてみる。


「んん! んんん! ……ふぅ」


(ふっ、やるじゃないか)


その質量に完全敗北を喫し、賞賛すら送ってしまっていた。


(うん。もうすこし分けてもっていこう)


と思っていると――その束は横から伸びてきた手によって本来の質量を感じさせないほどに軽々と床から離されていった。


「姫様、これは机の上に?」


見上げる位置にいる彼女、その手にさきほどまでびくともしなかった参考書の束があることが信じられなかった。驚きのあまり反応が遅れてしまう。


「へっ? いや……あ、うん……」


レイラはふらつくことなく安定した足取りで机の上へ参考書の束を運んでいく。


「よい……しょ」


この日――僕の中の男の矜持的な何かは、木っ端微塵に砕け散った。それはもう、超新星爆発もかくやという感じに。


その後もレイラはテキパキと機敏な動きで、僕はのそのそと心傷を癒やしつつ整頓を進めていった。


「ふぅ、片付きましたね」

「良き」


部屋を見回すとあらゆる物が綺麗に配置され、数時間前に比べかなり生活感のある空間になった。


(劇的だね。これぞビフォ――うっ)


ぐぅぅぅ。


レイラと僕、二人だけの空間に突如なんとも情けない音が発生した。


「そ、そういえば昼がまだでしたね。学食にいってみませんか」

レイラの、その気まずそうな表情が僕の羞恥心を増幅させる。


「学食、いこ」

「はいっ」


自分の紅潮しているであろう顔を見せまいと、先行してすたすた外への道を歩いて行く。


食堂の少し乱れた机、椅子の配置がかつての人の多さを示唆していた。


(席は……まあまあ空いてると)


食堂には昼を外した時間帯だからだろう、人はまばらに点在していた。


(ん?)


何か視線を感じる。

よく人に焦点を当てて見回してみるとちらちらとこちらを伺うような視線が複数あった。


(ひっ)

不安になり、レイラの後ろに隠れる。


「姫様?」


自分の格好を見直してみる。

(うん。特に問題はない……たぶん)


視線を避けるため、レイラを盾にしつつ角の席を取りに行く。


(よし、空いてる)


壁を背にするように座り、死角をなくす。


「ん、レイラ?」

「はい?」


レイラは僕の斜め後ろほどに立っていた。


(いや、僕の前に座って壁になって欲しいんだけど……)


さすがに、そのまま言うのもはばかられた。


「レイラ、そこ、座って」

「え、いえ、そんな――」

「いいから、座る」

「は、はい!」


(本当ごめんレイラ)

高圧的に言ってしまい、申し訳なく感じる。


「レイラ、どれ?」


メニューを見るもなかなか決めることが出来ず、とりあえずレイラはどれにするのか聞いてみる。


「え。どれ、とは」

「ん」

メニューを指し示す。


「私も、ご一緒してもいいんですか」


その不安げな様子に疑問を抱いた。


(そういえば……城にいたとき、マリアは昼を……食べていない?)


マリアは僕が昼食を食べているときは側で待っていて、食べ終わった後も僕と一緒にいた。

そう考えると、いままでマリアには酷いことをしていたことに気づいた。


(僕は、なんてことを……)


「うん、食べて、お願い」

「姫様……ありがとうございます。そうですね、私は――」

「なるほど、でも――」


議論の末、最終的に僕とレイラは同じものを注文した。


「けぷっ」

寮へと来た道をもどっていく。


「すこし多かったですね」

「ん」

(満足だ、本当に)

まるで友達と食べているかのような感覚を味わうことが出来た。


(レイラが友達になってくれたらな~)

目線を送ってみる。


ちらっちらっ。


「あの、姫様?」

レイラの照れた様子に、自分でやってて恥ずかしくなってしまった。


「う、ううん、なんでも」

(なにやってんだろ)


昼、帰ってからは特にやることもなくごろごろしていた。


(なにしよう)

始業式まではまだ数日あった。授業もそれからしか始まらず、特にやらなければいけないこともなかった。


(う~ん……あ)


「レイラ」

「はい?」

「部屋、どこ?」

「私の……ですか?」

「うん」


レイラの部屋の支度でも手伝おうかと思って聞いてみた。


「その、姫様と同じ部屋なのですが、いや……ですか」

「え……」


(同じ部屋……だって?)


「それなら、私はでていきますが……」

「えっと、部屋、他あるの?」

「いえ……」


(い、いいのか? 僕が同じ部屋で。いや、けど今の僕は女だから……けど、これは……)


「大丈夫。いや、じゃない」

流石にレイラを放り出すわけにもいかなかった。


「本当ですか! ありがとうございます」


(うむ、本当にこれでよかったのか? それに、部屋がいっしょだとしたらこれは……)


「ね、あれ」

「そう、なんですよね……」


そこには本来、二人部屋なら二つあって然るべきはずのそれ――ベッドが一つしかなかった。

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