第28話 別離

――お嬢様が可愛すぎて辛い


 というのも二人で泣き合ったあの日以来、お嬢様はこれまでに類を見ないほどに私に甘えるようになった。何処に行くときも私と手を繋ぎ離さず、何の脈絡もなく急に手を広げて私にハグを求めてきたり。


 私との別れを惜しんでくれていることがとても伝わり、嬉しくもあったがそんなお嬢様を見るたびに私の決意は揺さぶられた。


 私もついて行ってしまおうか。何度、そんなことを考えただろう。


 しかし、それも今日で終わる。


 今日はお嬢様の出立の日。


「まったく、お嬢様は……」


 もう出る時間だというのにお嬢様は私の膝の上、耳を澄ませなければ聞こえないほど小さな呼吸音をたて眠っていた。


「お嬢様」

 呼びかけ、揺らすも起きない。


(仕方ない……わよね)


 このままでは遅れると思い、お嬢様を背負った。そのまま後ろに気遣いながら正門を目指していく。

後ろ、すぐ間近からお嬢様の息づかいが聞こえてくる。


 こうしているとまるで自分の娘のような。


 お嬢様がどう思っているかはわからないが、私は度々そう感じることがある。当然だ。生まれたときからずっと一緒にいたのだから。


 生まれたばかりの頃は両腕に収まるほどしかなかった。


 あの頃、両腕に感じていたあの重さ。それと比べ、いま背に感じているこの重さがお嬢様の確かな成長を証明している。


 時が経つのは早い。


 それは単にすべてが終わってから考えているからそう感じているのか……きっと、そんなときもある。


 しかし、いま感じている早さはそういうものじゃない。

 お嬢様と過ごした、かけがえのない日々が私にそう断言させてくれる。


――正門の前。そこには多くの使用人、それに陛下の姿も見られた。


「あっ、お母さん!」

「レイラ」


 レイラはこちらに気づき、近寄ってくると何かを探すように辺りを見回した。


「姫様は?」


 その場で身体をひねり、その存在を共有する。


「寝てるの?」

「ええ。レイラ、お嬢様をすこし預かってもらえる?」

「え、う、うん」


 しゃがみ込み、レイラに一旦お嬢様を預ける。


「ど、どうするの?」


 レイラは後ろから両脇に手を入れ、お嬢様を必死に支えていた。

 ここまで揺さぶられ触られて尚、お嬢様は目を覚さまさなかった。


(と、すると……)


 あまりお嬢様に乱暴なことはしたくはなかったが仕方ない。

 覚悟を決めその雪の様に白い頬に手を伸ばした。


 むに。


 むにむにむに……

 触れる毎に、ほどよい弾力と張りを感じる。


「うぅん」


 目が完全には開いていないが、一応起きたようだ。


「お嬢様、こちらへ」


 よろよろとおぼつかない足運びでレイラに支えてもらいながら陛下、使用人の待つ方へ歩いて行く。

 お嬢様の姿が見えると、正門の前に集まっていた使用人たちが歓声をあげる。


「ディアナ」

「パ……パ?」

「いつでも帰ってきていい、無理はするな」

「ん」


 唯一の肉親と離れることになって辛いだろうに、お嬢様は心配させまいと気遣ってか朗らかな笑顔を浮かべていた。

 その後も取り囲む使用人たちに口々に別れの言葉を告げられては笑顔で手を振り返していた。

 それは今までの不安が吹き飛ぶほど堂々とした振る舞いであった。


(ティナ様……お嬢様は本当に強く、立派に成長してくれました……)


「お嬢様」

「ん?」

「人と関わること、お嬢様にとってはきっと恐ろしいことかも知れません。それでも、どうか一人にはならないで下さい。何かあればレイラを、私たちを頼ってください」

「マリ、ア……ん」

 手を広げ、抱擁を求めるその様子に密かに安心感を抱いてしまう。

「お嬢様……くれぐれも、お身体には気をつけてください」

 それに応え、抱きしめる。

 離れるときはゆっくりと、お互いに別れを惜しむように。


「レイラ」

「あっ」

 同じようにレイラを抱きしめる。

「あなたは自慢の娘よ。自信を持って、お嬢様を支えてあげて」

「お母さん……うん」


 十分に別れを惜しみ、どちらともなく離れた。


「レイラ、お嬢様を」

 レイラにお嬢様を馬車に乗せるように促す。

「うん。いってきます」

「いってらっしゃい」


 レイラに支えられ、馬車に乗るお嬢様。


(あ……)


 その様子にかつての自分とティナ様を幻視した。


 蹄が石畳をうち、軽快な音を鳴らして馬車は二人を連れて行く。


 寂しさは確かに感じる。けれど今度は、永遠の別れではない。


 また会える――その希望があれば、私はこれからも眼前の日々を前を向いて過ごしていける。

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