第36話 茶会
初めての授業から一週間。授業を受けて、授業を受けて、授業を受けた。
――それだけだった。
(僕はきっと……一生独身(友達がいない状態)なのだろう)
「僕は……一生……独身……」
「姫様?」
(ん? あ)
「い、いや。なんでも?」
「そうですか?」
(危ない、危ない。僕がぼっちだってことが、ばれるところだった)
僕が授業を受けている間、レイラもどこかの教室で従者専用の授業を受けている。
そこで先日、レイラに友達できた? 的なことを聞いたところ、はい、と笑顔で言われ、未だ友達いない歴継続中の僕はそんな自分が恥ずかしくてレイラにはそのことをバレたくないと思っていた。
(本当、どうしたら……友達……友達……)
「姫様」
(ん?)
「あの、激昂姫ってなんでしょう?」
「激昂姫?」
「はい、これを」
「ん」
(手紙……)
その手紙の宛名は『激昂姫 ディアナ=デア=サウス様』と書かれていた。
(激昂姫? 激昂って怒ること……だよね。それに姫……うん、わからない。ま、それはそうとして僕に手紙って誰からだろう)
開けて、内容を読んでいく。
(ふむ、ふむふむ……こ、これは!)
「ふふっ、ふふふふ」
思わず、笑みが漏れる。
(神は、僕を見放していなかった)
手紙はお茶会の招待状であった。親睦を深めるためだとかなんとか書かれてあり、友達を作る場であることが予想された。僕にとっては千載一遇のチャンス。これを逃す手はない。
(このチャンス、必ずものにしてみせん!)
手のひらを天にかざし、何かを掴むように手を握りしめる。
「……姫様?」
その訝しげな視線がすこし胸にくる。
「……こ、こほん。レイラ、明日、用事、できた」
「用事ですか?」
顔を少し手で隠し、意味深感をだす。
「そ、用事」
――翌日
「行ってくる。ついてきちゃ、ダメ、だから」
万が一、僕が友達を作れず、誰とも話せないとかいう醜態を晒さないためにもレイラは着いてこさせない。
「はい、行ってらっしゃいませ」
レイラの綺麗なお辞儀に見送られ、部屋を出る。寮を出て、校舎に入り、手紙に書かれた指定の場所を目指し歩いて行く。
(ここを、曲がって……ん?)
耳が、複数人の雑多な声を拾った。その声の聞こえる方へ、足を向ける。
(……ここ、だね)
ドアの前。これからのことを想像し、つばを吞む。
部屋の中からはいくつもの女子の声。怖じ気づきそうになる自分を鼓舞するために頬を打つ。
(ここまで来たら行くしかない。よし、行くぞ! どりゃ!)
心の中では、魔王を倒す勇者のような気概で。
実際は、深夜の粗相を親に見つからないように隠滅しようとする感じでこそこそと、予測不能のパンドラへと足を踏み入れた。
(これは……)
部屋の中には圧倒的存在感の長いテーブル。卓上には山ほどのきらびやかなお菓子。椅子がいくつもあり、女子たちがずらっと座っていた。
「ディアナ=デア=サウス様ですね。こちらへ」
「はひ」
案内され、促されるままにお誕生日席の一個前の席に座る。
「あ、あなた」
「はいっ」
突如聞こえた女子の声に、つい敬語で返答してしまっていた。声をかけてきたのは、お誕生日席に座っていた金髪の女子。
「ディアナ=デア=サウス……どうして……」
(ん? な、なんなんだ……)
「え、あ……よろしく」
「……ふんっ。まぁ、いいわ」
それから彼女は少し思案気に顔をゆがめた後、確認するように辺りを見回してから、口を開いた。
「みんな、今日は私、クレア=レア=ウェストの招待に応じてくれてありがとう。存分に楽しんでいってちょうだい。では……お茶会を始めましょう」
(て、え? クレア……レア……ウェスト。ウェスト……それって西の候補の……てことは、このお茶会は……)
クレアの挨拶が終わり、会場はそれまで以上に賑わいを増していく。
「どうぞ遠慮せずに食べて」
その物腰の柔らかさが疑念を確信へと帰る。
(や、やっぱり……彼女は、僕を暗殺する気だ。きっと、このケーキに毒が……あわわわ)
「あ、ありがと」
ごくり。死の恐怖が僕につばを吞ませる。
(やばい。そう考えたらもう、どれにも手がつけられない)
周りが全て敵に思われ、話すことも食べることも出来ない。
しばらく、そうして静止しているとクレアが動きを見せた。
僕の皿のケーキをフォークで切り取り――
「ほら」
口の中に感じる、唐突な異物感。
「むぐ!」
それは無理矢理、僕の口に押し込まれた。
(あ)
ごくん。押し込まれたそれは口内を越え、喉を通り過ぎる。
(あぁぁぁ。死、しぬ……)
毒による何らかの予兆が身体に生じるそのときを予感し、絶望していた。
していた――が、いつまで経っても身体に異変は感じられない。
(あれ……遅効型?)
「どうよ。ウェストのシェフ新作、このケーキの味は!」
「ん? あ、うん……美味しかった」
「ふふふ。もちろんよ!」
(あれ? これは、なるほど……)
自らの勘違いを悟り、羞恥心を隠すようにケーキをむさぼっていく。
「ふふふ」
何故かクレアは笑っていた。
(まさか、勘違いがばれてた?)
「ディアナ」
「うん?」
「これ、受け取りなさい」
「ん?」
渡されたのは、十字架のバッジ。
(どういうことだ……これは……)
クレアの方を見るも彼女の晴れやかな、どや顔からはその真意を掴めない。
(はっ。も、もしや、これは……友達の証、的なやつ)
「ありがと」
「ふん」
勢いよく、彼女は顔を隠した。
(ど、どうなんだ)
――それから、お茶会がお開きになるまで彼女が僕に話しかけることはなかった。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、姫様」
いつも通り夕食を食べて、恥ずかしがりながらも大浴場で一日の疲れを流す。
一服はさみ、寝間着に着替えたらベッドに潜り、今日もらった十字架のバッジを眺める。
「ふふふ」
頬のたるみが加速する。
これから予期される、友達との学園生活に思いをはせている内に夜は過ぎていく。
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