第32話 宣誓 キースside
講堂へ入り、彼女の姿を求めて辺りを一目見回す。
(あ……)
歓喜が私の心を満たす。
彼女の存在はその空間において周囲から隔絶されたかのように、はっきりと私の目には映っていた。
彼女を認識するとすぐ、その下に導かれるように足は勝手に動き、気づいたときには声をかけていた。
「ディアナ?」
声を発してすぐに自分の行った行為に後悔し、不安になった。
彼女と会ったのは三年も前、それもたった一度だけ。
(覚えているはずがない)
そう思っていた。しかし、こちらを向いた彼女の目は見開き、その様相は驚きを示していた。
(まさか……)
「久しぶり……ですね」
「……キース」
その唇は確かに私の名前をなぞっていた。
溢れ出しそうな嬉しさを、今は密かに胸の内に閉じ込める。
「お元気でしたか」
「はい」
いざ彼女を前にすると、思うように口が動かない。
何か話さなければいけないと、気持ちだけが先走る。
「それは?」
焦るあまり、ぱっと目についたものを話題に出していた。
「新入生代表、です」
彼女が手に持っていたものは新入生代表挨拶用のメモだった。
(そうだ、彼女が今年の)
そのことを知ったときは嬉しかった。しかし同時に、彼女には誰の助けもいらないんじゃないかとも思えて悔しくもあった。
「そういえば、おめでとうございます。さすがですね」
「ありがと」
新入生代表という名誉な立場を得たのにも関わらず、彼女は威張らず、喜んでいる様子もなかった。
まるでそのことを、何とも思っていないかのように。
「本当に凄いことですよ。大陸一のこの学園で百人以上を抜いて新入生代表の座を得たのですから」
「……ふふん、まあ、そうですね」
(――っ)
あまりしつこく言ったからだろうか、彼女は微笑み、私の主張を認めた。
まるで子供の妄言をとりあえず肯定する母親のような、そんな反応に羞恥で悶えたくなる。
緊張はほぐれ、羞恥心も相まってその後は口も勢いづき、彼女との会話を弾ませた。
「では、これより入学式を始めます。生徒の皆さんは席に座ってください」
「ディアナ、また後で」
「また」
(今度は、すぐに会える。もう、なにもしがらみはない)
席に着き、壇上を見る。
彼女があの場に立つ、そのときを期待して。
入学式は粛々と進行していく。
「新入生代表、ディアナ=デア=サウス」
「はい」
脇目も振らず、まっすぐに彼女は前を向いて歩いて行く。
壇上に着くとステンドグラスから差し込んだ光を浴び、彼女の髪は淡く白銀に輝いていた。視線は真っ直ぐ前を向き、背筋はまるで一本の芯がとおっているかのよう。堂々たるその立ち姿からは、既に上に立つ者の風格すら感じられる。
(ディアナ……やはり、あなたこそが……)
彼女は以前にも増して気高く、そして美しくなっていた。その姿に私を含め、誰もが彼女に目を奪われたかのように辺りは静まりかえっている。
「太陽の光に満ちあふれ――」
彼女が言葉を紡いでいく。
その声は透きとおっていて、何の抵抗もなく私の耳に届いた。
「――こと、大変感謝しています……」
(ん?)
突然、彼女の声が途切れた。講堂中にざわめきが起こり、それは徐々に広がっていく。
(ディアナ?)
彼女は顔をうつむかせ、その表情は伺うことが出来ない。
もしかしたら彼女の身に何かあったのかもしれない。
駆けつけたかったが、確信が持てず足踏みしてしまう。
(私は……どうしたら……)
目を閉じ悩んでいると、急に講堂中のざわめきがすっと波が引くように鎮まっていった。
(はっ、彼女に何か――)
見ると、再び面をあげた彼女の瞳は爛々と深紅に輝き、その表情はまるで何かを決意したものに変わっていた。
(あ、あの瞳は……)
「六年間の内に、多くの人と、交流を持ち……私は、私の夢を、叶えます」
ゆっくりゆっくりと、想いを込めるように言葉は紡がれていく。
「生涯にわたる……繁栄を、もたらし……ましょう……新入生代表、ディアナ=デア=サウス」
あまりの衝撃に挨拶が終わったことを認識できなかった。
彼女は多くの有力者の集まるこの場所で、「私が皇帝になり、五百年近い彼女の生涯にわたって帝国に繁栄をもたらす」と豪語した。
新入生代表という立場を勝ち取り、今あの場にいる彼女だからこその重みがその言葉にはあった。
パチ、パチ、パチ……
遅れて誰とも知れぬ拍手の音が最初に響き、それに続くように拍手の音は徐々に大きく、広がっていく。
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