第8話 氷解

 昼食を食べ終え、いつもなら探索にいく時間のこと。


「終わってる」


 初めて探索に行った日から一週間。

 この一週間、厨房を見に行ったり、出入りの商人とあったりと様々なことがあった。


 が、しかし……


「出会い、無い……」


 同年代が全くいなかった。


それも当然のことで、皇帝の居城ということで一般の出入りはまず禁止されている。

つまりディアナの同年代、一般ではないとすると貴族の子で何かしらの理由で親に付いてくる者と出会うしかなかった。


「はぁ、どしよ」

 一人つぶやく。

「どういたしましたか?」

「友達、欲しい……」

 ありのままの欲望をぶつけてみる。

「なるほど。それでしたら、ちょうどよかったのでしょうか……」

「何が?」

「今日はノース公爵閣下とご子息がいらっしゃる予定です。ご子息はお嬢様と同年代とのことなので」

「本当!?」

「はい。しかし……」


(しかし?)


 この時、マリアはまだ真祖のことを伝えておらず帝位争いのことについてうまく伝えられずにいた。


「いえ、何でもありません。とにかくお気をつけていただければ」


(いや絶対何かあるでしょう!? まさか性格に難ありとかそういう感じなのだろうか……)


 一気に上がったテンションは一転、不安へと変わってしまった。


 そんな話をしてすぐのことだった。

 コン、コンと軽快なノックの音が部屋に響き渡る。


 びくっ!


(まさか――)


 ガチャッ、キィィ。


 恐る恐る振り向くと、そこには青い髪の美少年がいた。

 少年は一瞬、驚いたような表情をしてすぐに、再び元のきりっとした顔に戻った。


「お初にお目にかかります、姫。ノース公爵が嫡男、キース=ソル=ノースと申します」


 キースは七歳とは思えない堂々とした自己紹介を綺麗な礼とセットで披露してきた。


(七歳でここまでしっかりした自己紹介ができるなんて……異世界だから発達のスピードが違うのだろうか……いや、これはさすがに……)


 そんなことを考えていたので少し間が空いてしまった。

 謎の間を空けてしまったことに焦り、慌ててこちらも返事を返す。


「く、皇帝の、娘っ、ディアナ=デア=サウス……です……」


 前世合わせて二十年のボッチ特性は健在だった。

 僕は内心、羞恥心で悶え転げ回っていた。うまく動かない口と表情のせいで苦々しい表情にセリフは噛み噛み、後半は蚊の鳴くような声になってしまった。


 そして、キースの反応はというと……やはり気まずそうな顔をしていた。


「今日はとても良い天気ですし、二人で外へ行きませんか」


 気まずくなりそうな雰囲気に言葉を発してくれたキースの株が爆上がりした。


「よいでしょうか」

 キースがマリアに問いかける。

「はい……」


 二人で庭に出て、少し歩いた。

 歩いている最中はキースがずっと話しかけてくれ、僕は所々で相づちを打っていた。


(同年代との会話ってこんなに楽しかったのか……)


 まあまあ歩いたところでベンチを見つけ、そこに座ることにした。

 腰掛けるときにキースはポッケからハンカチを取り出すと僕の座ろうとしたところに敷いた。


「どうぞ」

「ありがと」


(僕にここまで気遣ってくれるなんて……)


 こんなに優しい人は初めてだった。


(このチャンスを逃す手はない。なんとしてでもキースと友達になってみせる。そのためには……)


「この美し……髪はま……あなたの……を映し……いる……」


思考に沈んでいる間にキースが何か喋っていて、髪を触られたような気がした。


(ほこりでも取ってくれたのかな……いや、そんなことよりも、まずは友達の有無だ。友達がいないようなら都合が良い。いたとするなら、こちらもより強くアピールしなければいけないだろうし……)


 思考の海から浮上してすぐに、プランを実行に移す。


「友達、いますか?」

「え」


(唐突すぎたか?)


「いや、いないよ。私は……どうしたらいいのだろうね……」


(よし!)

 心の中でぐっと拳を握りしめる。

(しかし、凄い落ち込み様だな。これは地雷を踏んだか、少し励ましておこう。)


 これから友達が出来ることを想像して、少しにやけつつ自信満々に言葉を放った。


「大丈夫、出来ます。自分、信じて」


 えせ心理カウンセラーみたいになってしまった。

 すると、少しの間をあけて――

 ツーと突然、キースの頰を一筋の涙が伝った。

それから涙腺が決壊したかの様に次々に涙が溢れ出していた。


(え、えぇぇ……???)


 全く意味が分からない。心の中は?でいっぱいだった。しかし僕の言葉を聞いた後に泣き出したのは確かだ。


(な、なんとかしないと)


 負い目を感じた僕は咄嗟にキースを抱き寄せる。


「大丈夫、大丈夫」


 何が原因かも分からない僕は、ひたすらそれだけを連呼し続けるしかなかった。


「ずずっ。すいません……ありがとう、ございました。もう、大丈夫です。あなたのおかけで決心がつきました。私は、私の道を歩んで見せます」

「そう……」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 なんだか分からないが、もう大丈夫なようだ。


「キース様。お帰りのようで、お父様がお呼びです」

 使用人がキースを迎えにきた。


「ディアナ、本当にありがとう。次来るときは私の意志で、また会いに来ます」

「絶対、また、会いに来てね」


 これはもう友達になったと思っていいだろう。

(よし!)

キースが見えなくなってから一人、密かにガッツポーズを決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る