第20話 祝福
ラインと別れた後。
いろんなところを回ったけど、特に厨房と倉庫に顔を出したときの反応がすごかった。
それまで仕事をしていた人間がピタリと作業を止めてこちらに集まり、口々に祝いの言葉を贈ってくる。それは当然、僕のキャパシティを越えていてその結果、僕は「ありがと」を繰り返すだけの壊れたロボットのような状態になっていたと思う。
(疲れた……)
「マリア、そろそろ、帰ろ」
「はい、かしこまりました」
(昼から何しよう。勉強……いや、それはない。やっぱあれかな)
「姫様っ!」
突如飛来したその声はとても聞きなじみのあるものだった。
(この声は……)
「レイラ!」
ダンスの授業を通して、レイラとはかなり仲良くなれたと思っている。年も同じで、今のところ友達候補筆頭は彼女になる。
「お誕生日、おめでとうございます」
「ありがと」
もちろんスマイル、セットで。
(あとはこの敬語さえ抜けてくれれば、友達といえると思うんだけどな……)
「その、こ、これ、受け取ってくれますか……」
最後の方、言葉は尻すぼみになって消えていった。
(うっ)
恥じらっている様子のインパクトは凄かった。
その余波で、僕まで緊張してきた。
「ん、うん」
渡されたのは小さな箱。
(軽い。なんだろうこれ)
その場ですぐに開けて、中を確かめてみる。
「あっ……」
レイラの漏れ出たような声が聞こえた。
箱の中。そこにあったのは――
(指輪?)
「そ、それは、姫様に似合うと思って……」
(お~! メタリック。金属光沢がいい)
ビー玉とかもそうだけど、形がまとまっていてキラキラしている物にはなにか惹かれるものがある。
うれしさのあまりその指輪を左手の薬指につけ、手の甲をレイラの方に向ける。
「どう?」
「ほ、本当に、お似合い……です……」
(ん? 顔、赤くない?)
「レイラ、大丈……」
おもむろに、レイラの額に手を伸ばす。
触れた。と思った瞬間――
「ひゃっ!」
その声に、反射的に手を引く。
「し、失礼します!」
「え」
制止の余地もなく、立ち去ってしまった。
(赤かったし、やっぱり熱なのかな)
「お嬢様」
「ん?」
「お手を」
そう言ってマリアは僕の左手をとると、指輪を薬指から抜き取って人差し指につけかえた。
(あ……なるほど……)
空を仰ぎ見る……が、そこには天井があるのみであった……
部屋に戻り、昼食を摂った。
「けぷ」
(至福……)
ついつい余韻に浸ってしまうほどに、今日の料理は特段いつもより美味しかった。
(さて……)
「マリア、いこ」
「はい」
(検品といきますか)
部屋を出て、着いたのは倉庫。
(こっちが貴族からで~こっちが民からと)
二つの倉庫に貴族からの贈り物、と民からの贈り物が別々に固められていた。
貴族からの贈り物は主に、宝石、ドレス、装飾品といった感じ。
民からの贈り物は本当に様々でカオスだ。
貴族からの贈り物は綺麗できらきらしていて、それも良いんだけど民からの贈り物には何が入っているのか分からないガチャ要素が多分にあってこれもおもしろい。
(どれどれ)
まずは約束された高品質。貴族のほうから見ることにした。
やはり、ドレス、宝石の類いが多い。
ドレスはてきとうに流し見していく。
前世、服はいつも母さんチョイスで僕自身、特に服装に興味が無かった。
「お嬢様、これなんてどうでしょうか」
マリアはドレスを広げて僕に見せてくる。
「いいね」
(うむ、わからん)
今世ではマリアチョイスだ。
ドレスのことはマリアに任せて、僕は……と……
(これこれ)
宝石類。これらの輝きには人類の本能的に惹かれるなにかがあると思う。
このときばかりは僕の目の色も変わる。
ころころと手の上で転がしたり、つまんで光に当ててみたり。
(おぉ……)
透き通っていて硬質な、それの中で光が反射している様子はただただ綺麗だった。
一通り見て、気に入ったものをいくつか袋に入れる。
「マリア、次」
マリアも手にいくつかのドレスを持っていた。
「はい、いきましょうか」
「ん」
民からの贈り物。
ぬいぐるみ、花、本など様々なものがある。
贈り物には手紙を添えているものもあった。
花。
『お誕生日、おめでとうございます』
(ありがとう)
オルゴール。
『私の大好きな曲です』
ながしてみる。
(ふむ……良い音色)
下着。
『何色?』
(……)
本当、様々だ。
こちらも気に入ったものを袋にいれていく。
(それにしても、今年も多かったな……)
会ったことも、見たこともない僕に、ここまでの贈り物がくると嫌でも自分の立場の重みを感じる。
何が求められているのかも分からない。未来への不安は、常に隣にあった。
誕生日。
もたらされるのは、祝いと呪い。
立場に比例して両者、その大きさを増す。
ただ……元の祝いの大きさは、呪いのそれを遙かに凌いでいると僕は思っている。
「ん」
手を差し出す。
「はい、お嬢様」
確かな温もりを感じた。
ふたり、手を繋いで帰り道を歩いていく。
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