第9話 氷解 キースside
馬車の中、皇帝の城への道中に親子の会話というものはなく、あるのは一方的な父からの命令のみだった。
「キース、真祖といえど実際は長生きするだけのただの人間だ。それに言葉もろくに喋れない出来損ないとの噂もある。私が報告に行っている間に手なづけておけ。分かったな」
「はい」
(父は冷徹な人間だ。彼に肉親の情なんてモノは存在しない。私のことも都合の良い帝位を得るための駒ほどにしか考えていないだろう。)
漠然とした不安をかかえつつも、このときの私は何も出来ず何もしようとしない、本当に父の人形であった。
城に着き父とは別れ、案内されてディアナ=デア=サウスに会いに行く。
(真祖……一体、どんな存在なのだろうか)
得体の知れない不安、緊張をもってドアを開ける。
――瞬間、息を呑んだ。
そこには銀髪に深紅の瞳をもつヴァンパイアもかくやといった美しい少女がいた。
まばたきをした一瞬のうちに彼女の瞳は金色になり、その不思議な光景に私の意識は少しの間どこかへ行っていってしまっていた。
(はっ。しまった)
気を取り戻してすぐ、この年の子が好みそうなキザったい挨拶をする。
「お初にお目にかかります、姫。ノース公爵が嫡男キース=ソル=ノースと申します」
少し間をあけてからディアナが自己紹介を始める。
「く、皇帝の、娘っ、ディアナ=デア=サウス……です」
彼女は少し考える様な表情で少しの間をあけてから苦々しそうな表情で挨拶を返してきた。
しかも、挨拶の途中で瞳を徐々に金色から深紅に染めながら。
(しまった……あまりにも露骨すぎたか)
実際には噛み噛みの挨拶での羞恥心によるモノであったがキースはディアナの瞳の変色の理由がこちらの思惑を読みとったからだと思っていた。
(しかし、どうするにしても乳母が邪魔だな。巻くには外に出て……歩きながらの方が話しやすいだろうし警戒されているだろうが少し強引でもやるしかないか)
「今日はとても良い天気ですし、二人で外へ行きませんか」
そのまま一気に乳母へまくし立てる。
「よいでしょうか」
「はい……」
しぶしぶといった感じだがさすがにことわれなかったようだ。
ディアナの様子は……というと、瞳は元の金色に戻っていた。
(よし、とりあえずは大丈夫そうだ。徐々に、徐々に攻めていくしかないか)
外に出て数分、歩きながら喋りかけてみるがなかなか芳しい反応は得られない。
(くそっ、もう少し攻めてみるか?)
庭にあったベンチに二人で座り、アプローチをかける。
髪を一房すくい指ですく。
「この美しい白銀の髪はまるであなたの清らかな心を映し出しているようだ」
自分でも歯の浮くような台詞を言っていることは分かっていた。
どんな反応がかえってくるかと恐る恐る待っていたが、かえってきたのは思わぬ返事だった。
「友達、いますか?」
「え」
いきなりの質問に少し戸惑った。
そういえば……と考えると今まで父に言われるとおりに人とは付き合ってきたが、純粋に友達と呼べる存在はいなかった。
「いや、いないよ……」
これまでの言動でおそらく彼女はおよそ分かっているのだろう。
僕の言動は全て上辺だけだということを。
「私は、どうしたらいいのだろうね……」
つい、一生このまま父の都合の良い手駒として生きていくだけの将来についての不安まで吐露してしまっていた。
(私は何を言っているんだ……いままで騙そうとしてきた相手に対して)
責められるとばかりに考えていたが返ってきたのは思わぬ言葉だった。
「大丈夫、出来ます。自分、信じて」
信じられないことに、彼女は慈しむ様な安心感のある笑みを浮かべながら私を励ます言葉を投げかけてきた。
ツーと自分の頰を涙が伝って行くのがわかった。
将来への不安と私のディアナへの不誠実な態度への追及、二つの不安が一瞬とはいえ無くなり思いがけず涙が流れた。
私が自分の意思に反して流れ出る涙に戸惑っていると、彼女は静かに私を抱き寄せそのまま優しく背を撫で続けた。
「大丈夫、大丈夫」
慰められるという感覚は覚えている限り、初めてだった。
彼女に励まされ、泣いて、ようやく気づいた。
(このままではダメだ。自分から動かないと、何も変えることはできない)
「すいません……ありがとう、ございました。もう大丈夫です。あなたのおかけで決心がつきました。私は、私の道を歩んで見せます」
「そう」
彼女はすべてを包み込むような声色でただ一言、そういった。
今日、初めてあった仲、一緒にいたのは一時間あるかないかであったが彼女に惹かれるには十分すぎる時間だった。彼女が私に気づかせ、与えてくれたものを考えれば。
「キース様。お帰りのようで、お父様がお呼びです。」
家の使用人が私を迎えに来たようだ。
「ディアナ、本当にありがとう。次来るときは私の意志でまた、会いに来ます」
父の決定ではなく私の意志で。
「絶対、また、会いに来てね」
彼女のその一言が何よりもうれしかった。
この日から、キースの父に命令されることをするだけの日々は終わり、今までとは打って変わって何事にも積極的に取り組み周囲からの評価をものにしていくのであった。
全てはいつか父を出し抜くために、そして――臣下として皇帝になるであろうディアナを支えるために。
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