第20話 奪われた卵
仮眠を取ってから数時間が経過しただろうか。背の届かない場所にある鉄格子からは白んだ陽ざしが降り注いでいた。
だが、その光は強くはないので、まだ朝の早い時間に違いない。大食堂にいた海賊たちは今頃、どうなっているだろうか。
作戦通りなら、みんな寝ているはずだが。
アルビスがそんなことを考えていると、ガチャッと鍵が開けられる音と共に一人の海賊がやって来た。
「助けに来ましたよ、アルビスさん」
海賊の服を着た男が、そう言って牢屋のドアを開けた。
「ありがとうございます。あなたがラヴィニアが潜り込ませていた密偵ですね」
ラヴィニアの密偵は作戦通りに動いてくれたんだな。
「はい。海竜の卵が保管されている場所は既に突き止めてあります。ですが、卵は数人の海賊たちに守られていますがどうしますか?」
そいつらは酒も飲んではいないのだろう。さすがに大事な海竜の卵の警備を怠るような真似はしないか。
「切り倒してでも海竜の卵は奪取します。でも、大半の海賊たちは眠っていて目を覚まさないんですよね?」
海賊たちが起き出したら、この建物から脱出することは難しくなる。
「はい。かなり強い眠り薬を酒に混ぜておきましたから、そう簡単には起きないはずです。ですが、全ての海賊が寝ているわけではないので、気を付けてください」
そうなると、血を見るのは避けられないなとアルビスは思った。
「なら、さっそく海竜の卵がある場所まで案内してくれませんか」
のんびりしている暇はない。
「分かりました。では、あまり足音を立てずに私の後をついてきてください」
そう言うと、密偵の男はどんどん先へと進んで行く。その途中で、アルビスは酔い潰れてだらしなく通路で寝ている海賊たちを見た。
その様子を見るに眠り薬の効果は本物のようだった。
だが、海竜の卵が保管されている場所に続く通路では、四人もの海賊が曲刀を持ってアルビスたちの前に立ちはだかっていた。
厳重に警備されているという言葉を思い出したアルビスだったがクスッと笑う。警備にはせめて十人は揃えるべきだったと。
「何だ、お前らは。この先には大事なものが保管されている部屋がある。顔も見たことがねぇような下っ端がこんなところに来るんじゃねぇ」
海賊たちはアルビスたちのことを仲間の海賊だと思っているようだった。
「僕たちは海賊ではありませんし、海竜の卵は返してもらいますよ」
アルビスは腰から剣を引き抜いて、いつでも切りかかれるように構える。仲間を呼ばれるわけにはいかないので、戦いは避けられない。
「そういうことか。なら、容赦なく切り倒してくれる」
海賊たちは曲刀の切っ先をアルビスに向けて来る。それを見て荒事にはなれていないのか密偵の男は竦んだような顔をした。
「ここは僕に任せてください。僕に送り込まれた暗殺者に比べれば、海賊など大した相手ではありませんから」
アルビスは経験に裏打ちされたような自信を見せながら言った。
「分かりました」
密偵の男は後ろに下がる。
「良く言った、小僧。なら、お前たちをこの曲刀の錆にしてやるぜ」
海賊たちは曲刀を勢い良く振り上げて襲い掛かって来たが、アルビスにはその動きが止まって見えた。
所詮は弱い者からしか金品を奪えない海賊だ。手練れの暗殺者さえ退けたアルビスの敵ではない。
なので、アルビスはあっという間に四人の海賊を切り伏せて血だまりに沈める。これには密偵の男も目を見張るようにして、口を開いた。
「あなた、噂以上に剣の腕が立つんですね。子供だと思っていましたが、いやはや大したものです」
「お世辞なんて良いですよ」
アルビスは背中がむず痒くなった。
「そうですか。とにかく、海竜の卵はこの通路の奥ですし、急ぎましょう」
密偵の男は突き進むように先を歩いて行く。すると、また見張りの海賊と出くわした。
「な、何だ、お前たちは?」
海賊は明らかに動揺している。
「僕たちは海竜の卵を返してもらいに来た。死にたければかかってこい」
アルビスは一部の隙も無く剣を構えた。
「たかが子供のくせに、でかい口を叩きやがる。お前のような命知らずは、この俺の曲刀で真っ二つにしてやるぜ」
そう言うと海賊は曲刀で切りかかって来た。アルビスはその曲刀の刀身に剣を叩きつける。すると、曲刀はバリンと砕け散った。
アルビスは丸腰でも仲間を呼ばれる危険性があるので逃がすわけにはいかないと思った。なので、海賊の脇腹を刀身で叩いて、床に這いつばらせた。海賊は泡を吹いて気絶している。
そして、アルビスたちが更に通路を進んで行くと、鉄扉の部屋の前に辿り着いた。密偵の男はすぐに鉄扉を鍵で開ける。
すると、部屋の中には台座があって予想より小さかった卵が置かれていた。卵は小さな窓から降り注ぐ朝日を浴びてどこか神秘的に輝いている。
「これが海竜の卵か」
アルビスは卵を手に取ってみた。大きさの割にはずっしりとした重みが腕に伝わって来る。
「その卵は海竜の卵で間違いないぜ。匂いで分かるからな」
ジャッハがそう言うなら、間違いはない。
「よし、そういうことなら、この卵を持ってこんな場所からはさっさと逃げ出そう。グズグズしていると他の海賊たちも起き出しかねないからね」
倒れている海賊を仲間が見つければ大騒ぎになるからな。ここは迅速な行動を取らなければならない。
「ラヴィニア船長は、この海賊の島の目立たないところにジャスティン・ローズ号を停めていますし、後はそれに乗るだけです」
そこまで何事もなく辿り着ければ良いが。
「なら、急ごう」
アルビスは落とさないように卵を抱えると、小走りで建物の外に出た。
そして、密偵の男は鬱蒼と木々が茂る森の中に入る。密偵の男が進むところは獣道になっているようで、走るのに邪魔になるような草木はなかった。
アルビスは動悸が早くなるのを感じながらひたすら走る。そして、森の木が開けるとそこは崖になっていた。
崖の下には派手な赤い船、ジャスティン・ローズ号が停められていた。
「早く乗りなさい、二人とも!」
マストの一番上には物見台が取り付けられていて、そこにはラヴィニアが立っていた。アルビスと密偵の男は、崖から垂らされていたロープを伝って船のデッキに降りる。
すると、ラヴィニアは「船を出しなさい!」と叫んだ。と、同時に海賊たちが威勢の良い掛け声を発する。
そして、船の錨は上げられ、白い帆も大きく広げられた。
ジャスティン・ローズ号はゆっくりと崖から離れて行く。それを受け、アルビスもようやく安堵したような息を吐いた。
「無事に海賊の島を抜け出せてよかったわね。さすがの私も今回の作戦には冷や冷やさせられっぱなしだったわよ」
物見台から降りてきたラヴィニアは苦笑しながら言った。
「それは僕だって同じさ。ま、全ては危険を冒して海竜の卵の情報を掴んでくれた君の密偵のおかげだよ」
密偵の男の手引きがなければ、今回の作戦は実行不可能だった。
「そうね。あいつにはたんまりとご褒美の酒を飲ませてあげるわ」
ラヴィニアはまだ少女なのに艶然と笑って見せた。
「そうしてよ。とにかく、後はこの卵を海竜に返すだけだ。そうすれば海竜だって軍の船を襲わなくなるし、海賊だって討伐できる」
スカルゴスの命運も尽きるということだ。
「スカルゴスたちがいなくなれば、この国の海も穏やかになるわ。もっとも、海賊が全ていなくなるわけじゃないから、私たちも商売、あがったりなんてことにはならないんだけど」
盗人と同じで、幾ら取り締まってもいなくならないのが海賊だ。
「そっか」
アルビスは微笑する。それから、船は何の問題もなく沖合へと出たかに思えた。
「船長、スカル・クラッシュ号が追ってきましたぜ!」
物見台で海の様子を見ていた海賊の一人が声を上げた。
「思ったよりも早く気付かれたわね。スカル・クラッシュ号のスピードからすると、十五分もしない内に追いつかれるわ」
戦っても勝ち目はないことは誰の目からも明らかだ。
「なら、早くパルスの海域に戻ってよ。例え何があってもこの卵だけは海竜に返さないと」
そうすれば、スカル・クラッシュ号を沈めることもできる。
「あんたたち、全力で船を走らせて、パルスの海域に戻りなさい。そうすれば、後は何とかなるわ」
ラヴィニアがそう指示すると、海賊たちはデッキの上を慌ただしく動き回った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます