第17話 密偵からの報告
アルビスが宿の部屋で起床きると、図ったようなタイミングでドアをノックする音が聞こえてきた。
だが、ジャッハは既に目を覚ましていたし、自分に警告もしなかったのでドアの外にいるのは危険な人物ではないということなのだろう。
そう判断してアルビスはドアを開けた。すると、そこには宿の主人がいて手に白い封筒のようなものを持っていた。
「あんたに手紙だよ」
宿の主人はアルビスに素っ気ない態度で言うと、封筒を差し出した。
「僕にですか?」
わざわざ、手紙を送って来るような人物に心当たりはなかった。
まあ、家族の誰かということは絶対にあり得ない。
家族にはどこを旅しているのかも告げていないし、何とかして自分と連絡を取ろうなどと考える積極性を持つ者もいないからだ。
たぶん、自分のことを心配しているのはメイド見習いだった少女のシアだけかもしれない。シアは本当に可愛くて健気な子だった。
「ああ。差出人の名前は書いてなかったが、配達の人間が持ってきよった。だから、あんたに渡す」
宿の主人は気味が悪そうに封筒を差し出してきた。
「そうですか。じゃあ、受け取っておきます」
アルビスは封筒を受け取ると毒でも塗られていないか心配になったが、それなら臭いを嗅ぎ取ることに長けたジャッハが何か言うだろう。
つまり、手紙そのものが何かの罠である可能性は低いということだ。
「ああ。それと今度、ウチの宿で人を殺したら出て行ってもらうからな。ベッドに付いた血なんて取れなくて困ってるんだ」
宿の主人はギロッとした目でアルビスの顔を睨んだ。
「分かってますよ」
言われなくても、次に暗殺者に襲われた時は宿を変えるつもりだった。もっとも、宿を変えても、暗殺者に襲われる可能性はなくならないが。
「なら、良い」
また素っ気なく言うと、宿の主人は背中を丸めながら去って行った。
「僕に手紙なんて誰からだろう?」
アルビスは封筒の中に入っていた紙を見る。そして、思わず固まった。
「どうした、アルビス?」
ジャッハがアルビスの肩に乗ると、手紙を覗き込むようにして見る。
「ラヴィニアの密偵からの手紙だよ。何だか話したいことがあるから、港の桟橋で待ってるってさ」
アルビスはラヴィニアの美しさと可愛らしさと逞しさが混在したような顔を思い出しながら言った。
「あの海賊の嬢ちゃんは何か良い情報を掴んだのかもな。それが海竜がらみだと良いんだが」
ラヴィニアだって重要な用事がなければ、こんな手の込んだことをしてまで自分を呼び出したりはしないと思う。
「僕もそう思う。でも、期待すると馬鹿を見そうだから、桟橋には落ち着いて行くよ」
アルビスは有益な情報だと良いんだけど、と思った。
それから、今回のような情報のやり取りはギルドのルールに抵触しないのだろうかと考えたが、すぐに馬鹿らしくなった。
無法者と見られている海賊がギルドのルールを律儀に守るのも滑稽な気がしたからだ。
「それもそうだな」
ジャッハが窓の外に向かって息を吐くと、アルビスは剣を腰に下げて宿を出た。
朝ということもあってか、スラム街には人気がない。いるのは路上で寝ているホームレスだけだ。
アルビスは狭い道から出ると、スラム街とは打って変わり、朝から賑わっている歓楽街を抜けて港にまで行った。
そして、バックに朝日を浴びてキラキラと輝く海がある桟橋までやって来る。今日も天気が良いので、海は透き通って見えた。
すると、桟橋には船乗りの服を着た男が一人、ポツンと座って釣りをしていた。手には竿も握られているし。
ただ、釣り人にしては、ちょっと雰囲気が違うように見えた。
アルビスはいつからそこにいたのか分からない男に近づいていく。すると、男の方もギラリと鋭い視線を向けてきた。
「その外見に、竜を連れた少年っていうと、あんたが船長の言ってた奴か。子供だとは聞いていたが、本当に子供だったか」
そう言って、男はアルビスを見ると鼻を鳴らした。
「あまり侮らないでください」
アルビスは憮然とする。すると、男はフッと笑って竿を置いた。
「そのつもりはない。ドクロの真珠団が送り込んだ暗殺者たちを二度も返り討ちにしたのは俺も知っているからな」
男は立ち上がると抜け目のなさそうな顔で言った。
「そこら辺の情報は、もう売り買いされていますか」
まあ、スラム街の宿に泊まった自分の情報でさえ、漏れていたくらいだからな。どこで自分の情報が売り買いされていてもおかしくはない。
「当然だ」
男は情報を掴むのが仕事の密偵らしい自負を見せた。
「そうですか。で、あなたはラヴィニアの使い者で間違いないんですよね」
アルビスはそのことを再確認する。
男は海賊とは思えないような姿をしているし、密偵として自然にこの町の人間に溶け込んでいるようだった。
ただ、男の纏う雰囲気はアルビスに少しばかりの違和感を抱かせたが。
「ああ。とにかく、あまり長話はしたくないし、端的に言おう」
「はい」
アルビスは心も顔の表情も引き締めた。
「海竜の卵は海賊の島にある。やはり、海竜の卵を海竜の巣から盗み出したのはスカルゴスの手下だった」
男は淡白な声で言った。
「そうでしたか」
アルビスの読みは当たっていた。が、当たっていても、それで何かが好転するわけではない。
「だが、海竜の卵の存在はスカルゴスの手下でも一部の奴しか知らない。しかも、海竜の卵は厳重に守られているらしいな」
「厳重にですか」
やはり、海賊たちも海竜の卵がなくなれば自分たちが厄介な状況に陥るのが分かっているのだろう。
海竜が船を襲わなくなれば、海軍は海賊たちを総力を挙げて討伐しようとするだろうし。
「ああ。船長が潜り込ませている非力な密偵では、海竜の卵を奪取するのは到底、不可能だってことだ」
「なるほど」
所詮は密偵。海竜の卵を奪い返せというのは酷か。
「ま、そういうわけだから、海竜の卵を取り戻したければ、お前も何か策を練るんだな」
男の言葉にアルビスは迷うことなく口を開いた。
「策ならもう練ってあるので、ラヴィニアさんに伝えてくれませんか?」
アルビスは色々な計画を立てつつ、それをどういう順番に行おうか良く考えていたのだ。
「伝えなければならないような策なのか?」
男は揚げ足を取るように言った。
「はい。僕の策にはラヴィニアさんと海賊の島に潜り込ませている密偵の人の協力がどうしても必要になるので」
ラヴィニアには迷惑をかけることになるが、それもやむを得ない。全てはスカルゴスとその仲間の海賊たちを何とかするためだ。
「あんた、かなり危険なことをやるつもりだな」
男の目が剣呑に光る。
「危険のないことをやっていては、いつまで経っても海竜の卵は取り返せませんよ」
人間、大事を成すためには危ない賭けに出なければならない時もある。
「言うのは簡単だがな」
男は視界に映る大海原の方に向かって嘆息した。
「それは理解しています。でも、手をこまねいていればこの国の海を取り巻く状況はどんどん悪くなるだけです」
それはラヴィニアにとっても喜ばしいことではないはずだ。
「それもそうだな。子供のくせに、そこらの大人より物事が良く見えていやがる。それで、俺たちは何をすれば良いんだ?」
男の改まった問いかけにアルビスは躊躇いつつ口を開いた。
「それは…」
アルビスの言葉に男だけでなく、横で聞いていたジャッハも動じたような顔をした。
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