第6話 尾行

 アルビスはビーンの店から出ると、まだ時間があるのでどこに行こうかなと思う。

 路地の更に奥にはスラム街がある。そこにはまっとうな人間なら近寄らないような店ばかりが軒を連ねていると言うし、ホームレスや犯罪者のたまり場にもなっているらしい。

 普通だったら、そんな場所に自ら進んで足を踏み入れる人間はいない。

 そう思っていたアルビスだったが、先ほどから何やら鼻をヒクヒクさせているジャッハを横目にする。

 

「気付いているか、アル」


 ジャッハは声を顰めながら言った。


「何が?」


 アルビスは怪訝そうな顔をする。


「俺たち、誰かに付けられているぞ。しかも、一人じゃないし、俺の鼻に間違いがなければ五人はいるな」


 ジャッハの言葉にアルビスも背中が寒くなった。情報屋から物騒な話を聞いたばかりなので、余計に恐ろしさを感じてしまう。


「まさか、ドクロの真珠団とかいう暗殺組織の連中かな。だとしたら危険だし、気を引き締めないと」


「分からんが、たぶん違うと思う。暗殺者なら真昼間から五人で誰かを尾行したりはしないからな」


 ジャッハの言葉は正論だった。


「それもそうだね。本当の暗殺者なら、必ず一人で尾行する。そして、尾行している人間が泊まっている場所なんかを見つけたら、数を揃えて寝込みを襲うはずだよ」


 それが暗殺者のセオリーだと思う。


「その通りだな。だが、尾行されているのは確かだし、どうする?」


 ジャッハの口調は例え暗殺者でなくとも無視できる相手ではないことを訴えている。


「この路地の先にはスラム街があるらしいんだよ。そこなら、目立っても問題ないと思うし、存分に相手をしてやるさ」


 剣の腕には自信がある。伊達に人間一人で長旅をしてきたわけではない。


「それが良いな。誰を尾行しているのか思い知らせてやらないと」


 ジャッハもアルビスが負けるとは露ほども思っていないような口調で言った。


「うん。ま、今は大した連中じゃないことを祈ろう。でないと、こっちも殺す気で剣を振るわなきゃなくなるからね」


 人を殺せば、相手が誰であろうと非難を浴びることになる。自分は貴族なのだから家名に泥を塗るようなことは避けなければならない。

 商人ごときに騙された父親とは違うのだ。


「ああ」


 ジャッハが頷くと、アルビスは路地の奥へと進んで行った。


 すると、何とも汚くて、日の光を完全に遮ってしまうような縦に長い建物がある通りにやって来た。高い位置にある窓からは、ロープや橋のようなものも架けられていて、通りを挟んで建物を行き来できるようになっている。

 まるで、ここだけ夜になっているような通りだった。

 

 そして、そんな通りには不思議な匂いを漂わせる豆や薬草を売る店や怪しげな魔法の品を売る店などがあった。

 魔法の品を売る紺色のローブを着た女性はアルビスを見ると不気味な笑みを浮かべる。

 アルビスは魔法は使えないが、魔法の力についてはそれなりに知識がある。とはいえ、魔法の力には痛い目に遭わされたことがあるので、魔法の品にはあまり関わりたくなかった。

 一方、豆や薬草を売る老人もアルビスを見ると手招きしてくる。老人の店から漂う匂いを嗅ぐと頭がクラっとした。

 ここでは、法に触れるような品が売られているのかもしれない。そう思ったアルビスはこの通りでは誰にも近づかないようにする。

 

 そんな通りを歩いて行くと、少し広い場所に出た。そこで、アルビスは腰に下げている剣の柄に手を置き、立ち止まってじっとする。

 すると、ジャッハが後を付けていると言っていた男たちが五人、ぞろぞろと現れた。男たちはいかにも町のごろつきといった雰囲気を漂わせている。

 どうやら、ジャッハの言う通り、暗殺者ではないようだった。

 

「おい、小僧。俺たちが付けていることを見破ったのは大したもんだが、痛い目に遭いたくなきゃ、肩の上にいるドラゴンを渡せ」


 一番、前にいる男が恫喝するように言った。


「ドラゴンなんて手に入れてどうするのさ?」


 アルビスは馬鹿にする風でもなく尋ねる。


「見世物小屋に売りつけるんだよ。子供とはいえ、そいつがドラゴンだったらさぞかし高値で売れるだろうぜ」


 その言葉にアルビスは内心ほっとしていた。ドラゴンの価値をその程度にしか認識していない奴に大物はいないと思ったからだ。

 その上、彼らは盗賊ですらないように見える。

 

「渡すのを断ったら?」


 アルビスは動じない。

 相手が本物の盗賊だったら、もう少し緊張したはずだ。本物の盗賊は大抵、盗賊ギルドの一員だし、仲間がやられればギルドの組員が報復に来るから。

 

「たっぷりと痛めつけてやる。ここじゃ、幾ら悲鳴を上げても助けてくれる奴は現れないぜ」


 男は下卑た笑みを浮かべた。


「それは良かった。なら、あんたたちも助けは呼べないわけだ」


 アルビスの不敵な言葉に、男は青筋を蠢かせる。


「良い度胸をしてるじゃねぇか。ドラゴンを連れてる時点でただ者じゃないってことくらいは俺たちにも分かるが、それでも五対一だぜ。さすがに勝ち目はねぇよ、小僧」


 男たちは手にしている剣や棍棒を振り上げた。


「そう思うなら、前口上は良いから、さっさとかかって来ることだね。その代わり、骨の一本や二本は折られることを覚悟するんだよ」


 アルビスは剣を構える。が、剣は鞘から抜き放たれてはいない。アルビスは鞘で男たちを殴りつけようとしているのだ。


「面白れぇ。その言葉を後悔するなよ、小僧!」


 そう言うと男たちは一斉に襲い掛かって来た。

 

 アルビスはとりあえず一番前にいる男に向かって剣を一閃させる。目にも映らないような斬撃が男の脇腹に食い込みあばら骨を砕いた。

 これにはたまらず、男も倒れて痛みにのたうち回る。

 

 残りの男たちは警戒心を高めるようにアルビスを取り囲んだ。迂闊に接近すればやられると分かったからだ。

 なので、四方から武器を振り上げて襲い掛かって来る。

 アルビスは的確に間合いを詰めると棍棒を振り上げた男の足を剣で叩きつける。男は向う脛を砕かれ、悲鳴を上げて倒れた。

 その隙にアルビスは包囲網を抜け出して、背を見せないようにする。

 

 男たちは二人も倒されたことに動揺を見せながらも、それでも襲い掛かって来た。だが、闇雲な動きではアルビスは捉えられない。

 アルビスは右端の男の胸を槍でも扱うように剣で突く。男はグエッとカエルが潰れたような声を発して前のめりに倒れた。

 その隣にいた男は何とか剣を振り下ろしたが、あっさりとアルビスに受け止められてしまった。それから、アルビスは稲妻のように剣を振り抜く。

 男は太腿に刀身の打撃を食らって倒れた。

 

 最後に残った男はひぇーっと声を上げて倒れた仲間を見捨てて逃げ出した。

 

 こうして、アルビスに襲い掛かった男たちは、一矢報いることもできずに地を舐めることになった。

 

「痛い目を見たのは、やっぱり、あんたたちの方だったね。これに懲りたら力づくで人から物を奪うようなことは止めるんだよ」


 アルビスは勝者の貫禄を見せながら諭す。


 にしても、真昼間から子供を襲う人間がいるなんて、パルスの治安が悪くなってるのは本当のようだ。

 相手がこの程度の連中だったから良かったものの、本物の暗殺者が相手だったらどうなっていたかは分からない。

 

「その卓越した剣技…、てめぇ、一体、何者だ!」


 倒れている男の一人が、呻きながら問いかける。それを受け、アルビスは嘆息した。


「ただの少年貴族だよ」


 アルビスはやさぐれたような笑みを浮かべながら言った。

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