第5話 パルスを覆う影
料理屋で満足のいく魚料理を食べたアルビスは、最後に宿の主人に教えてもらった情報屋を尋ねようとする。
情報屋の店は歓楽街の奥にある細まった路地にあるらしい。ただし、その辺りは治安が悪いので足を踏み入れるには注意が必要だと言うことだった。
アルビスは教えられた通りに道を歩き、形に統一感のない建物がせせこましく押し込められた場所まで来る。
そこにはどの向きからも太陽の光が当たらないような路地が伸びていた。
アルビスは周囲に気を配りながら路地を歩いていく。そして、ビーンの店という看板が出た建物の前までやって来ると、緊張感を高める。
「失礼します」
そう言ってドアを開けると、アルビスはみすぼらしい店の中を見て眉根を寄せる。
情報屋が繁盛する商売だとは思っていないが、こんな店の中を見せられると本当に価値のある情報が聞けるのか不安になる。
「何か用かな、可愛らしい少年?」
カウンターにはヒョロッとした感じの男がいた。男は痩躯な体つきに汚い服を着ていて、何とも胡散臭そうな雰囲気も漂わせている。
だが、その反面、男の目は鷹のように鋭い。侮れる類の人間ではないことはアルビスにも分かった。
「あなたが腕利きの情報屋のビーンさんですか?」
アルビスは怖気づくことなく尋ねる。
「その通りだし、何か知りたいことでもあるのかな。言っておくけど子供のお小遣い程度のお金では何も教えられないよ」
男、ビーンは人を食ったような笑みを浮かべた。
「それは重々、承知していますし、この町で何か大金が稼げるような儲け話があったら教えてください」
アルビスは回りくどい言い方はせずに尋ねる。
「あるとも。とはいえ、よそ者の君がいきなり儲け話に食いつけば、必ず痛い目に遭うよ」
アルビスもさすがに自分がこの国の人間じゃないことくらいは見抜いているかと思った。
「それでも良いので教えてください」
「でも、情報代は高いよ。最近は暗殺組織が勢力を拡大していて、下手に情報の売り買いするのは危険になってきた。実際、この国の要人が次々と暗殺され、名のある冒険者たちも殺されている。だから、みんな暗殺組織の影に怯えているんだよ」
ビーンは淡々と言った。
「そうだったんですか」
「だからこそ、相手が子供と言えどもサービスはできない。それを覚悟の上で儲け話を聞くんだね」
特別なサービスはアルビスも期待していない。
「分かりました。では、儲け話と一緒にこの国の実情なんかも教えてください。僕は国王が暗殺者の凶刃に倒れ、この王都の治安が悪くなっていることくらいしか知らないんです」
ここで嘘を吐いても得るものはないので、アルビスは正直に言っていた。
「良いだろう。儲け話とこの王都の実情は切っても切れない関係にあるし、セットで聞いておいて損はないよ。だから、五万ルーダ払ってくれれば全て話そう」
「分かりました」
五万ルーダは情報量としては高いが、アルビスが本気で稼ごうとしているお金はその数十倍だ。
ここでお金をケチることに意味はない。
それから、ビーンは二人にこの国の実情を話し始める。まずはパルメラーダ王国の国王、ルノール・パールハルト八世のことだった。
国王のルノールは真珠の都とも呼ばれている王都、パルスの宮殿にいる。
ルノールはパルスに潜む暗殺組織、ドクロの真珠団を叩き潰し、邪神ヌーグを芳信する邪教徒たちを解散させ、海賊の島にいる海賊たちをも追い散らした。
また侵攻してきた隣国のワルダート王国の軍を国境の外にまで撤退させることにも成功した。
ルノールは名君として、国民からの信望も厚い。また剣を使わせたら、右に出るものはいないと言われるほど、優れた剣の腕を持つ。
ただ、ルノールは剣の力に重きを置き過ぎて、魔法の力を軽視している節がある。その上、神や宗教なども嫌っていた。
そんな国王のルノールが四か月ほど前に暗殺者の手にかかって倒れた。暗殺者は呪いの短刀でルノールを切りつけたと言う。
その傷は何をしても癒すことができなかったし、呪いもルノールの体を蝕んでいた。
だが、ルノールに解散させられたはずのヌーグ教の神官が国王の呪いの進行を止められると言い出した。
実際、神官は呪いの進行を止め、苦痛を和らげることに成功した。
その神官が言うに、国王の呪いを完全に解くには王家の島にあるホーリークリスタルが必要になるらしい。
王家の島はパルスからそれほど離れていない海域にある。
さっそく、海軍が船で王家の島に行こうとした。が、そこへ滅多に見ることのできない海竜が姿を現して軍の船を沈めてしまった。
もちろん、海軍もそれにめげることなく兵をあげ、幾度となく王家の島に行こうとしたが、その度に海竜が現れて船を沈められてしまったらしい。
だが、おかしなことに普通の漁船や旅船、商船は海竜に全く襲われることがなかった。なので、海竜は軍の船しか襲わないという噂が広まった。
それならと思ったのか、王宮に雇われた冒険者や傭兵たちが普通の船で王家の島に行こうとしたが、今度は海賊たちがその船を襲った。
もちろん、冒険者や傭兵たちも何度も王家の島を目指したが、その度に海賊に襲われることになった。
海賊たちは冒険者や傭兵の持つ金品や武器などを奪い、更に冒険者や傭兵たちを仲間に引き込むなどして力を増していった。
結果、海賊の島を根城にする海賊たちの勢力は、国を脅かすほどにまで大きくなった。
それでも王家の島に辿り着いた冒険者がいなかったわけではない。が、王家の島はたくさんのアンデッドが徘徊する死の島になっていた。
どうも島にはアンデッドを操る死霊使いがいるらしい。
冒険者たちは何とかホーリークリスタルを手に入れようとしたが、島にある王の墓には王の付き人として墓に埋められた三千人の人間がいて、その人間たちが大勢グール化している。
他にも守護獣として埋められた十三匹のドラゴンもいて、そのドラゴンもゾンビとして襲い掛かってくるのだ。
ホーリークリスタルはそいつらに守られていて、とても近づけないらしい。
更に悪いことは重なるもので、隣国で長い間、争ってきたワルダート王国がルノールが倒れたのを期に再び国境へと侵攻してきた。
国境の検問所は破壊されて、ワルダート王国の人間が容易くこの国に入れるようになってしまった。
その結果、ワルダート王国の息のかかった暗殺者が流入し、せっかく潰した暗殺組織、ドクロの真珠団がまた再興したのだ。
ドクロの真珠団の凶刃に倒れた者は多い。
そして、最後にヌーグ教の神官が国王の呪いの進行を抑える代わりに、ヌーグ教の布教の自由を認めろと言ってきた。
おかげで、王都パルスの治安は日増しに悪くなっている。
暗殺組織、邪教徒、海賊、海竜、死霊使い、そして、争いの絶えない隣国。
パルメラーダ王国はたくさんの問題を抱えている。
「とまあ、俺が教えられるのはこんなところだよ。儲け話は多々あるけど、それでも大金を稼ぎたきゃ、ホーリークリスタルを手に入れるしかないね。ホーリークリスタルを手に入れた者には一千二百万ルーダが王宮から与えられるって話だし」
ビーンがそう話を締めくくると、アルビスはホーリークリスタルを手に入れるだけでなく、この国の問題を全て解決して見せれば相当なお金が手に入りそうだなと思った。
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