第28話 敵国の侵攻

 ヌーグが息絶えてからしばらくすると、謁見の間に国王のルノールがやって来た。ルノールはしっかりとした足つきで、謁見の間の中央を進んで行く。

 そして、ヌーグの死体を見ると顔をしかめた。

 

「私のいない間にまた何かあったようだな」


 ルノールは力の籠った目でルイーザの方を見た。その顔には生気が漲っていて、臥せっていた時とは別人のようだった。


「はい。あなたとこの国を苦しめていたヌーグがここで打ち倒されたのです」


 ルイーザは晴れやかな顔で言った。


「そこの死体が邪神ヌーグだというのか?」


 ルノールは信じられないと言った顔をしている。それだけヌーグの死体がみすぼらしいものに感じられたのだろう。


「その通りです。ですが、ヌーグは邪神などではなくただの魔物だったようです。だからこそ、アルマイアス卿とガードランの二人で打ち倒すことができたのですが」


 本当の邪神だったら、ジャッハの力でもない借りない限り対抗はできなかっただろう。


「そうか」


 ルノールは沈痛な面持ちで目を伏せる。

 死んだヌーグに同情しているわけではないだろうが、それでも憐みのようなものは感じているようだった。


「もう体の方は大丈夫なのですか、ルノール様」


 アルビスはルノールの腰に下げられた立派な宝剣を見ながら言った。


「心配はいらん。むしろ、体に活力がありすぎで困っているくらいだよ。これもホーリークリスタルの影響かな」


 ルノールの顔に呪いの影はもう見当たらなかった。


「それは良かったです」


 これでこの国も救われることだろう。


「ああ。私を苦しめてくれたヌーグはこの手で切り倒してやりたかったよ」


 ルノールは宝剣の鞘を握った。


「ルノール様の手を煩わすほどの魔物ではありませんでしたよ」


 ルノールの剣の腕はガードラン以上だと聞いている。なら、例え一人でヌーグと戦っても負けることはなかったはずだ。


「そのようだな。私もいつも飲んでいるワインにしびれ薬を入れられなければ暗殺者ごときに後れは取らなかった」


 ルノールは国王ではなく一人の剣士としての自負を滲ませる。


「それは理解しています」


 ルノールの力量は歩く時の足運びを見れば分かる。


「そうか。だが、このような魔物にこの国が良いように動かされていたのもまた事実。これは後の世の教訓とせねばならんな」


 ルノールは怯えたような顔をしているロッソを睨みつけた。


「おっしゃる通りです」


 アルビスは賛同するように言った。


「失礼します!」


 いきなり謁見の間の扉が開かれ、一人の近衛騎士が駆け込んできた。


「何事だ!」


 ルノールが威厳を感じさせる声で叫んだ。


「ワルダート王国が軍を大規模に進行させ始めました。真っ直ぐ、この王都パルスに向かってくるものと思われます」


 近衛騎士の顔は青ざめていた。それがどれほどの危機的な状況に繋がるのか、良く理解しているのだろう。


「やはり、動いたか。ルノール様の容態が回復すれば、攻め込んでくるとは睨んでいたが」


 ガードランが歯ぎしりする。その点はアルビスも指摘していたのだ。


「この私が健在になった以上、良いようにはさせん。ワルダート王国など返り討ちにしてくれるわ」


 ルノールは猛るように言った。


「あなたはまだ呪いが解けたばかりです。無茶はしないでください」


 すかさずルイーザの声が差し挟まれる。


「大丈夫だ。今の私なら存分に戦うことができる。むしろ、心配をかけた兵たちのためにも先陣を切って戦わなければ。でなければ、この戦には負けてしまうぞ」


 確かに、この戦に負ければパルメラーダ王国に未来はない。是が非でも、勝ってもらわなければならない戦なのだ。


「分かりました。なら、私ももう止めはしません。その代わり、この度の戦は必ず勝利で飾ってください」


 ルイーザは深い信頼を感じさせるような声で言った。


「任せておけ」


 ルノールは鷹揚に頷く。


「では、ルノール様。さっそく私は騎士団を編成し、兵を招集させます」


 ガードランが闘志が沸きあがったような顔で言った。


「うむ、頼んだぞ」


 ルノールもガードランに向かって労うような声で言った。


「はっ」


 ガードランは敬礼すると、早足で謁見の間から出て行った。


「ルノール様、僭越ながら僕も今度の戦に参陣させてはもらえませんか?」


 アルビスの申し出にルノールは戸惑うような顔をする。


「そなたが、か?」


 ルノールも子供であるアルビスの力を疑っているようだった。


「はい。僕の相棒のジャッハは一か月に五分間だけ巨竜の姿を保てます。なので、僕もジャッハに騎乗し、ドラゴンライダーとしてワルダート軍を蹴散らして見せましょう」


 アルビスがそう大胆に言うとジャッハは口から炎の息を吐いた。


「それは心強い。ドラゴンの力は歩兵、数千人分にも相当すると聞いているからな。なら、ここは頼らせてもらおう」


 ルノールの言葉にアルビスも目を輝かせる。


「ただし、今度の戦いに参陣する代わりに、報酬は更に上乗せして一億五千万ルーダもらいます」


 アルビスはルノールを怒らせることを覚悟の上で言った。だが、ルノールは怒るどころかむしろ愉快そうな顔をする。


「良かろう。その程度の金で、この度の戦に勝利できるのなら安いものだ」


 ルノールは度量の広さを見せるように言った。


「ありがとうございます」


 アルビスは心の底から嬉しそうに頭を下げた。


 その後、アルビスはルノールの後に従うように宮殿を出る。そこには騎士団が用意した馬が何頭か繋がれていた。

 ルノールはその馬に跨る。

 アルビスも貴族なので馬を操るのはお手の物だ。なので、誰の助けも借りることなく、一人で馬に乗った。

 すると、剣を帯剣し鎧を身に着けた騎士たちが続々と集まって来る。その中にはガードランもいて、一際、立派な鎧を着こんでいた。

 そして、王宮の前には三千人以上の騎士たちが集まる。王宮の外には八千の兵が待機しているらしい。

 この短時間でこれだけの兵を集められたのも、国王の容態が回復すればワルダート王国は必ず攻め入って来るとアルビスが忠告していたおかげだろう。

 アルビスは二万の兵で攻め入って来たワルダート軍を打ち破るには、ジャッハの力が必要不可欠なことを感じていた。


「ジャッハ、遠慮はいらないから、思いっきり灼熱の炎で敵兵をやっつけてよ」


 たくさんの人間を殺すことになるが、ここで綺麗ごとを言うわけにはいかない。これは正真正銘の戦争なのだ。

 自分だって自分の治める領地に敵が攻め込んできたら、ルノールのように先陣を切って戦ったはずだし。


「言われなくてもそうしてやるさ。その代わりに戦いが終わったら旨い酒をたらふく飲ませてもらうからな」


 ジャッハ胸を反らした。


「構わないよ。報酬のお金と一緒に、宮殿のワインセラーにある最上級のワインも何本か付けてもらうさ」


 宮殿のワインセラーに実に良いワインが揃えられていることはガードランから聞いている。


「それは楽しみだぜ」


 ジャッハがそう言うと、ルノールは騎士たちを引き連れて馬を走らせる。それから、ルノールと騎士たちは王都の外にいた兵と合流すると、そのまま国境を目指して進軍し始めた。


 そして、進軍すること一時間、ワルダート王国の兵士たちが肉眼で見えるようになる。兵士たちは密集するような陣形を取っていたのでアルビスとジャッハにとっては好都合だった。


「さてと、一暴れしてやるか」


 そう言うと、ジャッハアルビスの肩から離れた。

 すると、その体が見る見るうちに巨大化し始める。小枝のように細かった腕や足の筋肉が盛り上がり、翼も大きくなる。

 指の爪も肉厚なナイフのように鋭くなった。

 その急激な変化は人間から魔物に変わったヌーグを彷彿させる。だが、ヌーグのような醜さはなかった。

 

 こうして、ジャッハは体長が十メートルを超える威風堂々としたドラゴンになった。それを見ていた騎士や兵士たちからも歓声が上がる。

 その声を浴びながらアルビスは巨竜となったジャッハの背中に飛び乗る。

 ジャッハ勢い良く羽をはばたかせて空高く舞い上がった。それから、ジャッハは敵兵のところまで飛翔する。

 敵兵は弓を放ってきたが、強靭なジャッハの体には傷一つ付かない。

 ジャッハも反撃するように口から灼熱の炎の塊を放った。それは敵兵たちを焼き払い、爆発さえ引き起こした。

 敵兵たちは何とか反撃を試みようとするが、自由に空を泳ぐジャッハにはもはや矢を当てることすら叶わなかった。

 

 ジャッハは絶え間なく炎を吐き続ける。敵兵がいた場所は既に全てを焼き尽くす火の海と化していた。

 何千人もの兵が焼かれ死ぬのは地獄絵図としかいようがないし、これにはワルダート軍も呆気なく瓦解して退散を始めた。

 やはり、人間の力はまだまだドラゴンには及ばないということを感じさせる結果だった。

 一方、ルノールの軍は自分たちの方に逃げてきた敵兵だけを打ち倒していく。それは明らかに楽な戦いと言えた。

 

 とにかく、こうしてルノールの率いる軍はほとんど戦うことなく勝利を収めたのである。




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