第29話 新たな国へ

 全てが終わったアルビスはパルスの港にいた。パルスの港には実に良い風が吹いていて、アルビスも心地良さそうに目を細める。

 この風なら船もさぞかし早く進んでくれることだろう。

 

 そんなこと思うアルビスの視線の先には威勢の良い声を上げる船乗りたちがいた。彼らは慌ただしく船に荷物を運んでいる。

 海賊が力を失ったせいか、港は以前よりも活気づいている。停まっている船の数も目に見えて多くなったし。

 この調子なら、このパルスも再び交易の盛んな都市となることだろう。


 一方、アルビスはこれから船に乗って別の大陸に行こうとしていた。

 この国でやらなければならないことはもうないし、お金も期待していた以上の額を稼ぐことができた。

 なので、アルビスとしては大満足だった。

 もう少しこの国にいても良いかなと思っていたアルビスだったが、何だか厚かましく思われそうなので止めた。

 一度、平和になってしまえば、英雄は得てして歓迎されなくなるものだ。なら、後腐れなく去って行った方が、語り継がれる英雄譚としては美しくて良い。

 だからこそ、アルビスも何の未練もなく、この国を去って行こうとしているのだ。

 

 ちなみに、王宮から渡されたお金は全てアルダナントの銀行に届けさせた。なので、今、手元にあるのは旅に必要な額のお金だけだ。

 だが、心細くはない。

 自分の剣の腕と相棒のジャッハがいる限り、どんなに険しい道でも切り開いていけることだろう。

 

「今日でパルスの町も見納めか。俺としてはもう少しゆっくりして、色んな店の魚料理を食いたかったんだけどな」


 ジャッハは大きな欠伸をしながら言った。


「魚料理なら十分、食べたじゃないか。しかも、王宮じゃ目が飛び出るほどの高級なワインだって飲ませてもらったし」


 ジャッハは本当に遠慮なくワインを何本も飲んだ。それを見て、アルビスも何度、自分がお酒の飲める大人だったらな、と思ったことか。

 

「確かに、あのワインは旨かったよなぁ」


 ジャッハは陶酔したような顔をした。


「ジャッハがワインをたくさん飲まなきゃ、僕だってもう少し王宮で厄介になっていても良かったって思ってたんだよ」


 王宮での生活は悪くなかったし、普通ならできない贅沢もできた。


「そいつは悪かったな」


 ジャッハは言葉とは裏腹に悪びれる様子もなく肩を竦めた。


「本当だよ。このままだとワインセラーが空になるって、ソムリエの人も泣いてたよ」


 ワインを愛でていたソムリエの人には本当に気の毒なことをしたと思う。


「そこまで飲んだつもりはないんだけどなぁ」


 ジャッハは首を捻った。


「ま、立つ鳥、跡を濁さずとは良く言ったもんだよ。みんなに感謝されている内に去るのはやっぱり大切なことだね」


 でないと、また恨みを買って暗殺者に命を狙われかねない。


「そうだな。次の国でも、みんなから感謝されるような活躍ができると良いな。やっぱり、感謝されるのは気分が良いし」


 ジャッハに感謝している人間はあまりいないだろうな。


「必ずできるさ。あと、二十三億ルーダは稼がなきゃならないんだから。先はまだまだ長いよ」


 そう言って、アルビスが郷愁のような気持に浸っていると、待ち合わせていた場所にラヴィニアがやって来た。

 ラヴィニアは寂しげな目で微苦笑していた。

 

「王宮の高官にならないかっていう話を蹴ったそうね、アルビス」


 ラヴィニアはこそばゆそうに言った。


「幾ら高官でも三十億のお金は稼げないからね。だから、次の国に行って良い儲け話にありつきたいよ」


 アルビスは港を飛び交う海鳥の群れを見ながら言った。


「東の大陸には、古代の迷宮がある都市があるって聞いてるわ。そこでなら、良い儲け話にありつけるかもしれないわね」


 迷宮都市の噂はアルビスも聞いたことがあった。


「そっか。でも、君は本当に東の大陸まで僕を送り届けてくれるの。東の大陸までは相当な距離があるのに」


 その上、ラヴィニアはお金も取らないというのだ。


「距離なんて関係ないわよ。私は自由な海賊だし、どこかへ行くのに誰かに気兼ねする必要なんてないわ」


 それはしがらみを嫌う海賊らしい言葉だった。


「そっか。でも、その親切心には海賊にはないものを感じるね」


 アルビスの揶揄にラヴィニアもクスッとする。


「そうね。あなたなら、たぶん、気付いてるかもしれないけど、私はルノール国王とルイーザ王妃の実の娘よ」


 ラヴィニアの瞳の色はルイーザの瞳の色と全く同じだった。


「やっぱり」


 ずっとその疑念は抱いていた。


「私が生まれた頃は暗殺組織が猛威を振るっていて、私も絶えず命を狙われていたの」


「へー」


 その頃のパルメラーダ王国のことは良く知らないが、まだルノールの権勢が十分、振るわれていない時代だったのだろう。


「そこで私は王宮の計らいで死んだことになったのよ。しかも、私が預けられたのは小さな海賊の船長の家だったんだから笑うしかないわね」


 そんな家じゃ贅沢はさせてもらえなかったはずだ。


「それも計らいの内じゃないの。まさか、一国の王女が海賊の家で育てられているなんて誰も思わないだろうし」


 それでも気付く人は気付くだろう。それくらい、ラヴィニアには生まれの良さを感じさせられるのだ。


「かもね。でも、私は幸せだったわよ。父さんも母さんももうこの世にはいないけど、私を実の子のように愛してくれたし」


 ラヴィニアはフフッと笑った。


「そうなんだ。でも、今なら王宮にも戻れるんじゃないの。胸に刻まれた王家の紋章が何よりの証だし」


 初代国王の霊がホーリークリスタルを持って行くのを許してくれたのはそのためだろう。紋章が光ったのも何か魔法の力が働いたからに違いない。

 

「私は自由気ままな海賊暮らしが気に入っているの。本当の両親や王女としての身分には何の未練もないわ」


 ラヴィニアはさばさばと言った。


「それを聞いたらルイーザ王妃は悲しむだろうなぁ」


 アルビスはルイーザが娘のことを語った時の顔を思い出した。


「でも、この国が再び存亡の危機に陥ることがあれば、この国の王女として立ち上がらなければならないことも理解しているわ」


 ラヴィニアも自分の宿命から逃げるつもりはないようだ。


「それを理解しているなら良いんだ。予感だけど、そう遠くない日にこの国は必ず君のことを必要とすると思うし」


 この国を悩ませていた問題はほとんど解決した。だが、新たな問題が浮上しない保証はどこにもない。


「私としては、そうならないことを願いたいわ」


「そうだね」


 ラヴィニアが本当の両親からの愛を受けられる日はいつになることやら。


「私も養わなきゃいけない手下たちがいなければ、あなたの旅にずっと付いていっても良いって思ってたんだけど」


 ラヴィニアの言葉にアルビスの胸はドキッとした。


「僕のしている旅は女の子にとっては辛いものだよ」


「そんなの分かってるわよ。でも、あなたと一緒なら、どんなことも乗り越えて行ける気がしていたの」


 ラヴィニアは自分で言ってて恥ずかしいのか、頬を紅潮させていた。


「ひょっとして、僕を口説いているの」


 アルビスは意地悪そうに尋ねる。


「さあね」


 ラヴィニアは拗ねたようにプイっとそっぽを向いた。


 その後、アルビスはラヴィニアと一緒にジャスティン・ローズ号に乗る。ジャスティン・ローズ号は力強く帆を広げて海の上を進み始めた。


 アルビスがふと港の方に目を向けると、そこにはガードランがいて手を振っていた。その横にはイリエルもいる。

 それを受け、アルビスも二人に向かって嬉しそうに手を振った。

 その際、アルビスの目から一滴の涙が零れ落ちる。アルビスは嬉しくても涙が出るんだなと思った。


 こうして、アルビスと相棒のジャッハは様々な思いを胸に新たな国へと旅立っていったのだった。




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